一般の皆さまへ

放射線・放射性物質Q&A(2)

 長崎大学
 平成25年3月11日発行
 編集協力 福島民報社
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はじめに
 2011年 3月11日の東日本大震災、そして福島第一原子力発電所の事故からもう2年がたちました。震災によって被災された方、そして事故によって未だ避難を余儀なくされた多くの方に、あらためてお見舞いを申し上げます。この小冊子は、私が福島民報に連載している「放射線・放射性物質Q&A」から、特に読者の皆様の関心が高いと思われる質問をとりまとめたもので、2012年に出版した、「放射線・放射性物質Q&A」の続編ともいうべき内容になっています。事故以来、放射線、あるいは放射線と健康に関して氾濫する様々な情報に戸惑った方も多いのではないかと思います。前回に引き続き、本冊子もなるべく県民の皆様の生活に密着した問題について回答を作成しました。皆様の今後の生活の役に立てていただければ幸いです。
長崎大学  高 村  昇
  放射線・放射性物質の基礎知識
Q 基準になる「1ミリシーベルト」の意味は
  2012年2月下旬に発表になった県の県民健康管理調査の結果で、住民の58%が年間被ばく量の推定値が1ミリシーベルトを下回ったとありました。よく基準になっている「1ミリシーベルト」の意味や健康との関係について教えてください。

A 細胞中遺伝子に1つ傷つく。短時間で修復でき影響ない
 

 国際放射線防護委員会(ICRP)は「平常時における一般公衆の線量限度を年間1ミリシーベルト以内とすること」と勧告しています。


その一方でICRPは今回のような放射線災害が発生した際には「年間100~20ミリシーベルトの範囲のなるべく低いレベルの被ばく線量で抑える」、いったん災害が収束した後には「年間20~1ミリシーベルトの範囲で徐々に被ばく線量を下げていく」とも勧告しています。

 

 このようなICRPの勧告は100ミリシーベルト以上の放射線被ばくでは、がんなどの健康リスクが上昇することを踏まえた上で、平常時には放射線を被ばくする線量をできるだけ低く抑え、放射線災害時には100ミリシーベルトを下回る範囲内で、合理的に達成可能な範囲でできるだけ低く放射線被ばく線量を抑えていく、という考えに基づいています。では、1ミリシーベルトという線量はどのような意味を持つのでしょうか?

 

 よくいわれるように、ヒトの細胞が1ミリシーベルトの放射線を被ばくすると、細胞の中にある遺伝子に一つ傷がつきます。しかし、その傷がすぐに健康に影響を及ぼすわけではありません。ヒトの細胞には傷ついた遺伝子を修復する、という機能がもともと備わっています。

 

 1ミリシーベルトの被ばくでついた遺伝子の傷は、短時間で修復されます。この遺伝子が傷つき、それを修復していくという過程は紫外線などによっても普通に起きており、一つの細胞で1日に数万回程度起きていると考えられています。

Q 「人工」と「自然」健康影響への違いは
  放射性物質には、東京電力福島第一原発事故で放出された「人工放射性物質」以外に「自然放射性物質」があると聞きました。それぞれが出す放射線には種類や、人体に対する影響に違いはあるのでしょうか?

A 「どちらも性質は同じ。重要なのは被ばく線量
 

 放射性物質には、カリウム40 、炭素14のように自然界にもともと存在する自然放射性物質と、ヨウ素131、セシウム137、セシウム134のように自然界には存在しない人工放射性物質があります。


 放射性物質から出る放射線には、小さな粒子であるアルファ線、ベータ線の他、波形を持つガンマ線やエックス線などがあります。自然放射性物質、人工放射性物質いずれの場合であっても、そこから出ている放射線の種類はアルファ線やベータ線、ガンマ線といった同じ放射線です。原発事故で飛散した人工放射性物質だからといって、特別な放射線を出すわけではありません。

 

 従って、放射性物質から出ている放射線による被ばくの健康影響を考える場合、大切なことはどのくらいの被ばくをしたか、つまり、被ばく線量ということになります。ちなみに、放射線の単位として使われている「シーベルト」とは、厳密に言えば「放射線によって人体にどのくらい影響を及ぼすか」を表したものです。

 

 日本では、食品について政府が基準値を設けて放射性セシウムによる内部被ばくを低減化するための措置が取られています。この基準値についても、放射性セシウムによって、どれくらいの被ばくをするかという被ばく線量を基に算出されているのです。具体的には、1年間当たり1ミリシーベルト以内に内部被ばく線量を抑えることを基準に、食品ごとに含まれる放射性物質の基準値を作成しています。
Q 飲み水にセシウムは含まれているのか
  東京電力福島第一原発事故発生後、毎日の飲み水の安全性を心配しています。特に放射性セシウムは半減期が長いので気になります。事故から1年以上が経過した現在、身の回りの水にセシウムが含まれていることはあるのでしょうか。

A ろ過され水道水からは。ほとんど検出されない
 

 放射性セシウムは放射性ヨウ素と同様に、原発事故発生当時に大気中に放出されましたが、ヨウ素が原発事故直後に水道水中から検出されたのに対し、放射性セシウムはこれまであまり水道水からは検出されていません。これはセシウムがろ過されやすい物質であることが関係しているのです。

 

 一般的な国内の上水道は、貯水場にためた水をさまざまな方法でろ過し、それを消毒してから水道水として使用しています。セシウムはこのろ過の過程でほとんどが取り除かれてしまうため、水道水から検出されることが少ないのです。

 

 一方、井戸の場合、ふたをしていれば大気中の放射性セシウムが降ってきてもブロックされますので、井戸水の中に入ることはありません。地表の放射性セシウムが土中に染み込んでいくことによって井戸水に入るのではないかと考えられる方もいるかもしれませんが、セシウムは土に強く吸着して、表面にとどまることが分かっています。このため、地中深くに移動することはなく、井戸水にまで達することはほとんどありません。

 

 県は県内各地の井戸水や伏流水の放射性物質濃度の測定結果をホームページで公表しています。現在までの段階で井戸水、伏流水で放射性セシウムは検出されていません。お住まいの地域で井戸水などの状況がどうなっているのかを、一度確かめられるとよいでしょう。

Q 放射性ストロンチウム、どんな物質か
  食品の安全基準値は放射性セシウムの数値ですが、東京電力福島第一原発事故で県内に放出された放射性物質には放射性ストロンチウムがあったと聞きます。どのような物質ですか。基準を設けなくていいのですか。

A 体内に入ると骨に集まる。環境中の濃度かなり低い
 

 放射性ストロンチウムは、ガンマ線とベータ線を出す放射性ヨウ素や放射性セシウムと異なり、ベータ線だけを出すという特徴があるため、簡単には測定できません。


 ストロンチウムはカルシウムに似た性質があり、放射性ストロンチウムが体内に取り込まれると、骨に集まりやすいことが知られています。その性質を利用して、放射性ストロンチウムは、がん患者の多発性の骨転移による痛みを和らげる治療薬として用いられることがあります。 

 

 2011年9月に文部科学省が公表した環境中の放射性ストロンチウムの測定結果によれば、土壌に含まれる放射性ストロンチウムの濃度は、放射性セシウムに比べて平均で100分の1以下と、かなり低い数値です。

 

 測定結果から算出した放射性ストロンチウムによる50年間の積算実効線量は、最も高い地点でも0.12ミリシーベルト程度です。つまり最も高い地点に50年間、とどまったとしても、放射性ストロンチウムで被ばくする外部被ばくと内部被ばくを合わせた線量は極めて限られた数値であると言えます。

 

 このため、放射性セシウムに関する対策をきちんとしておけば、放射性ストロンチウムに関する対策も十分取れていると考えられます。引き続き食品に関する安全情報に目を配り、放射性セシウムの基準値を超えた食品を長期間、摂取し続けないようにすることなどで放射性ストロンチウムによる被ばくも十分低減できるのです。

Q 子どもの外遊び、影響は
  春になって子どもが外で遊びたがっていますが、周囲の放射性物質が気になり、やめさせています。東京電力福島第一原発事故が起きてから、ずっと控えています。子どもにどんな影響が出るのかも心配です。

A 適度な運動は非常に大切、傷口きれいに洗い流して
 

 県内で検出されている空間放射線量は、地面や建物、樹木などに付着した放射性セシウムから出される放射線を反映していると考えられます。実際、空気中の放射性物質を測定しても、検出されず、学校などの屋外活動をすることで、放射性物質を吸入することは考えにくいと思います。また、屋外活動を数時間しても、外部被ばくをする線量はごく限られています。

 

 例えば、2012年4月1日付の県のホームページでは、福島市の空間線量は1時間当たり0.78マイクロシーベルトです。この状態で毎日3時間、1カ月間、屋外で活動したとしても、積算の放射線量は70マイクロシーベルト、つまり0.07ミリシーベルトにしかなりません。 

 

 屋外で運動中に転んでけがをしたとしても、傷口からすぐに放射性物質が体内に入り込むということもありません。その場合は水で傷口をきれいに洗い流してあげれば大丈夫です。外で遊んで帰ってきた時には、ほこりが手足や髪に付いている可能性がありますが、お風呂などできれいに洗い流せば、問題ないでしょう。

 

 子どもにとって、適度な運動は非常に大切です。運動不足による体力の低下は、子どもの成長、発達を妨げる要因になりますし、遊べないことでストレスもたまります。放射性物質を心配する気持ちは分かりますが、心配し過ぎてかえって子どもの健康にマイナスになることは避けるべきでしょう。バランスの取れた生活をするよう心掛けることが大切だと考えられます。

Q 内部被ばく検査の結果が心配
  ホールボディーカウンターで内部被ばくの検査を受けたところ、カリウム40が4000ベクレル検出されたという結果が出ました。食べ物には気を付けて生活してきたのに、驚いています。大丈夫なのでしょうか?

A カリウム40の4000ベクレル検出。一般的な値で問題はない
 

 カリウムは、緑黄色野菜やバナナなどの果実に豊富に含まれる物質です。体内あるナトリウムを外部に押し出すことによって血圧を下げる作用があるほか、体内の水分量を調整する働きがあるなど、生命の維持にはなくてはならない物質といえます。

 

 人間の場合、体重1キロ中、約2グラムのカリウムが含まれています。カリウムのほとんどは放射性物質ではないのですが、約0.01%はカリウム40という放射性物質が入っています。このため、例えば日本人の主食であるコメには1キロ当り33ベクレルほどのカリウム40が含まれていることになります。

 

 カリウム40はベータ線やガンマ線を出しますので、人間は誰であっても常にカリウム40によって内部被ばくをしていることになります。カリウム40による内部被ばくは、年間0.17ミリシーベルト程度になります。

 

 カリウムは体内では特に筋肉中に多く含まれることから、カリウム40を取り込んでいる量は、その人の筋肉の量にほぼ比例します。仮に同じ60キロの体重であったとしても一般的には女性よりも男性の方がカリウム40の量は多くなります。女性は男性よりも体脂肪が多く、筋肉の量が少ないからです。

 

 ホールボディーカウンターの内部被ばく検査では通常、成人でカリウム40が3000~6000ベクレル程度検出されますので、4000ベクレルというのは、ごく一般的な値であるといえ、心配する必要はないでしょう。

  放射線被ばくと健康影響
Q 被ばくの時間で遺伝子への影響に違いは
  放射線被ばくには、一度に浴びる「急性」の被ばくと、東京電力福島第一原発事故の影響を受けている県内のように、徐々に浴びる「慢性」の被ばくがあります。それぞれ人への健康影響に違いはあるのでしょうか。

A 「急性」傷が誤って修復される。「慢性」は修復機能が働く
 

 急性被ばくと慢性被ばくによって同じ線量を浴びた場合、人体への影響は異なるのでしょうか?地球上で生活すると年間平均で約2.4ミリシーベルト程度の被ばくをします。これは宇宙から降り注ぐ放射線や地中にある放射性物質から出される放射線などによるものです。

 

 一方、世界には環境から受ける放射線量が多い地域があり、例えばインドのケララ地方は海底から打ち上げられる天然の放射性物質の影響で、比較的高い放射線量を被ばくします。

 

 以前、このケララ地方の住民の方にバッジ式積算線量計を着けていただいて測定したところ、被ばく線量は平均で年間7ミリシーベルト、最も高い人は年間14ミリシーベルトでした。単純に考えると年間7ミリシーベルト被ばくするということは15年間で浴びる線量は100ミリシーベルトを超えてしまいますが、このケララ地方での調査では、現在までのところ特にがんなどの発生率が高かったり、寿命が短かったりといったことは証明されていません。この事実は急性被ばくと慢性被ばくの人体への影響は異なる可能性があることを示しています。

 

 急性被ばくによって一度に大量の放射線を被ばくすると、傷がついた遺伝子を間違って修復してしまうことがありますが、少しずつ放射線を浴びて細胞の中の遺伝子に傷がついたとしても、その都度、人体に備わっている修復機能が働き、傷を修復するためではないかと考えられています。

Q 被ばくでがん以外の病気は起こるか
  放射線を被ばくすることによって、がんになるということはよく聞きますが、それ以外の病気が起きることはあるのでしょうか。また、東京電力福島第一原発事故が起きた県内の場合はどうなるのでしょうか。

A 原爆被爆者発症した白内障。県内はリスク増考えにくい
 

 広島や長崎の原爆被爆者の間で白血病や、さまざまながん発症が増加したのはご存じの方も多いと思います。被爆者に見られたられた疾患には、がん以外には「白内障」があります。白内障とは、目でレンズの役割をしている水晶体が混濁することによって視力が低下する疾患です。通常では加齢(老化)に伴って発症する頻度が高まります。

 

 放射線被ばくで目に障害が出ることは、放射線(エックス線)が1895年にレントゲンによって発見されて間もなくしてから分かっています。1897年には発明王・エジソンがエックス線を使った実験中に被ばくして目の痛みを訴えたという記録が残っています。

 

 原爆被爆者では、高い放射線量を被ばくした人では早くて1~2年後に、低い放射線量を被ばくした人ではさらに時間を経てから、白内障が発症しています。一方で、原発事故が起きたチェルノブイリ周辺地域の住民では、これまで白内障発症の増加は確認されていません。

 

 広島や長崎の原爆被爆者は原子爆弾による急性の外部被ばくが中心でしたが、チェルノブイリでは主に放射性ヨウ素や放射性セシウムによる内部被ばくが中心であり、このような被ばく形態の違いが、白内障の増加の有無に関連していると考えられます。

 

 一方、現在の県内の状況では外部被ばく、内部被ばくともに極めて限られているため、住民に白内障のリスクが増加するとは考えにくいといえます。

Q これから生まれる子どもに被ばくの影響は
  東京電力福島第一原発事故による放射線被ばくによって、県内でこれから生まれてくる子どもに影響が出てこないかが心配です。病気になったりしないでしょうか。広島・長崎の原爆被爆者らは大丈夫だったのですか。

A 「被爆二世」の疾患増えず。次の世代には伝わらない
 

 広島・長崎の原爆被爆者が被爆後に妊娠し、生まれてきた世代は「被爆二世」と呼ばれています。それぞれの被爆地で被爆二世の方々に健康影響が出ていないかということは大きな問題であり、現在に至るまで長期間にわたる調査が行われてきました。

 

 調査の結果 、現時点で被爆二世について、特にがんやそれ以外の疾患が増加しているということは認められていません。また、内部被ばくが問題となったチェルノブイリでも原発事故から25年が経過した現時点で、事故後に生まれた世代について健康影響は認められていません。

 

 動物実験でも骨髄や甲状腺のような体の臓器細胞(体細胞)が被ばくしても、放射線被ばくの影響は次の世代に伝わりません。その一方で、精子や卵子といった生殖細胞が非常に高い線量を被ばくした場合、次の世代に引き継がれ、染色体障害などがみられることが分かっています。

 

 現時点で被爆二世に健康影響が認められていない理由はいくつか考えられます。実験動物と違って人間は生涯の出産数が極めて少ないため、被ばくなどによって遺伝子に傷がついた精子や卵子は、受精から出産までたどり着かないことが原因の一つではないかと考えられています。

 

 さらに、県内での被ばく線量は、外部被ばく、内部被ひばくのいずれについても、広島・長崎やチェルノブイリと比べてかなり低いことからも、次世代への影響は考えにくいと思われます。
Q 妊婦がレントゲン、胎児大丈夫か
  吐き気と食欲不振があったので病院で腹部のレントゲン撮影をしました。その後、自分が妊娠していることが分かりました。レントゲン撮影当時は妊娠3カ月で、知らずに放射線を浴びました。胎児は大丈夫でしょうか。

A 撮影での障害心配ない。リラックスして出産を
 

 国際放射線防護委員会(ICRP)は100ミリグレイ(この場合は100ミリシーベルトと同じ意味)未満の被ばく線量について「妊娠中絶の理由と考えるべきではない」と勧告しています。

 

 広島・長崎の原爆投下時、母親のおなかの中にいた人、つまり胎内被爆者の方で非常に高い線量を被ばくした場合に小頭症などの障害が認められました。一方、100ミリシーベルトを下回るようなケースで、小頭症などの障害は観察されていません。ICRPの勧告はこのような知見に基づいて行われています。放射線災害による被ばくであっても医療行為による被ひばくの場合でも同様です。

 

 腹部のレントゲン撮影をした場合、実際におなかの中の赤ちゃんが被ばくする線量は200マイクロシーベルト、つまり0.2ミリシーベルト程度と考えられます。被ばく線量は1ミリシーベルトをずっと下回る線量であると予想できます。

 

 少なくとも今回の撮影で赤ちゃんへの影響を過剰に心配する必要は全くないと考えられます。おなかの中の赤ちゃんにとって母親のストレスは、かえって悪い影響を与えます。リラックスして出産に臨んでください。

 

 また、妊娠しているか、妊娠している可能性がある場合には、放射線検査に限らず投与する薬などにも配慮する必要があります。医療機関を受診したり検診を受ける際は、医師や看護師にその旨を伝えた上で、検査や治療をするべきかどうかをよく相談するとよいでしょう。

  放射線被ばくと甲状腺
Q 甲状腺が放射性ヨウ素を取り込むメカニズムは
  東京電力福島第一原発事故で放出された放射性ヨウ素を甲状腺が取り込んで内部被ばくを起こすと言われました。どのようなメカニズムで取り込むのでしょうか。日本人が取り込みにくいとされる理由も教えてください。

A ホルモン合成のための集積。海藻類豊富な日本は摂取過剰
 

 甲状腺で分泌される甲状腺ホルモンはヨウ素から合成されます。このため、体の中に入ったヨウ素の多くは甲状腺に集積しやすい傾向があります。

 

 ヨウ素という物質は海産物、特に海藻類に豊富に含まれています。日本人は昆布やワカメなどの海藻類を日常からよく摂取しています。昆布はあまり食べないという人も「昆布だし」を使った食事を通じてヨウ素を摂取している場合が多く、日本人はヨウ素を十分に、というよりもやや過剰に摂取している民族といえます。

 

 世界レベルで見ると、このようにヨウ素を「取り過ぎている」地域は極めてまれで、逆にヨウ素の摂取が少ない地域が多く見られます。特に内陸国では食事中から十分なヨウ素を摂取することができず、足りなくなることが多く、このような状態を「ヨウ素欠乏」と言います。ヨウ素欠乏の地域では甲状腺が腫大したり、甲状腺機能の低下が見られることがあり、近年、これらの地域では食塩にヨウ素を添加するなどしてヨウ素欠乏の改善を図っています。

 

 2011年3月の福島第一原発事故の直後には放射性ヨウ素が大気中に放出されました。放射性ヨウ素も普通のヨウ素と同様、体の中に入ると甲状腺に集積しやすく、内部被ばくの原因となります。このため、事故直後から暫定基準値( 現在は基準値)を設け、放射性ヨウ素に汚染された食物の過剰な摂取による甲状腺の内部被ばくの低減化を図ってきました。

Q 子どもの甲状腺検査、概要は
  東京電力福島第一原発事故を受け、県の県民健康管理調査で子どもの甲状腺検査が進められています。検査で甲状腺の状態を調べるに当たっては、どのような点をどんな方法で確認しているのでしょうか。

A 触診やホルモンを測定。超音波用い細かく把握
 

 甲状腺の検査にはいくつかの方法があります。甲状腺は体の表面にある臓器ですので、大きくなったりすると、指で首を触る触診で甲状腺の性状をチェックできます。

 

 また、甲状腺はホルモンを分泌する臓器ですので、分泌された甲状腺ホルモン、さらには甲状腺ホルモンの分泌を調整している下垂体(大脳にある器官)から出されるホルモン( 甲状腺刺激ホルモン)を測定すれば、甲状腺の働き具合を確認できます。

 

 例えば、バセドウ病など甲状腺機能が亢進する状態では甲状腺ホルモンが上昇し、甲状腺刺激ホルモンが低下します。逆に、甲状腺機能が低下する状態では甲状腺ホルモンが低下し、甲状腺刺激ホルモンは上昇します。これらの状況に加えて甲状腺に対する抗体などを測定することで、甲状腺機能の現状を判断できます。

 

 現在の県民健康管理調査の一次検査で実施されている超音波検査も非常に有用です。超音波検査をすれば、甲状腺の形状はもちろん、大きさ、場合によっては甲状腺の中の血液の量なども観察することで甲状腺の形態を細かく把握できます。近年、画質を含めて超音波装置の品質が格段に向上し、これまでは分からなかったような微細な構造も描出できるようになってきています。

 

 このように、甲状腺の検査にはいくつかの種類があり、病気の種類や検査の目的に応じてそれぞれを組み合わせと行っています。

Q 一部の子どもの甲状腺に嚢胞、大丈夫か
  東京電力福島第一原発事故を受け、県が県民健康管理調査で進めている甲状腺検査では、一部の子どもでしこりや嚢胞が見つかっても、詳細検査の必要がないと判断されています。大丈夫なのでしょうか。

A 多くの人にあり珍しくない。20ミリ以下は詳細検査いらず
 

 甲状腺の超音波検査(エコー検査)で、5ミリ以下のしこりや20ミリ以下の嚢胞が発見され、「A2」判定を受けた子どもは、ほとんど甲状腺嚢胞が見つかったケースです。

 

 甲状腺嚢胞というのは、甲状腺の中に液体の入った袋がある状態で、生まれつきある場合もありますし、一時的に現れて成長とともに消えていく場合もあります。甲状腺嚢胞は超音波検査をすると多くの人に見られ、子どもでも決して珍しくありません。

 

 特に、超音波装置の画像の品質が向上した現在では、以前の装置では見つけることができなかった、極めて小さな嚢胞の発見が可能になり、多くの子どもに嚢胞が指摘されているのです。

 

 嚢胞は充実部分を伴っていないものは良性と考えてよく、治療の対象となることはほとんどありません。一方、嚢胞の中に充実部分を伴っているものは、まれに悪性の場合がありますので、「嚢胞」ではなく「結節(しこり)」として、液体部分も含め5.1ミリ以上で詳細な二次検査が必要な「B」判定とされます。だから「A2」判定の子どもは現時点で詳細検査を受うける必要はありません。

 

 一方、日本ではこれまで、子どもの甲状腺検査を大規模に行って、所見の頻度を検討した調査がありませんでした。現在、長崎県など福島県以外の地域で子どもの甲状腺超音波検査が進められており、その結果を福島県内で検査した子供の所見の頻度と比較する予定です。

Q 子どもの甲状腺、小さなしこり問題ない?
  県や福島医大が実施している県民健康管理調査では、子どもの甲状腺を超音波検査しています。小さなしこりが見つかったケースをよく聞きますが、健康には問題がないとの説明を受けているようです。本当に大丈夫なのでしょうか。

A 珍しくなく良性ほとんど。成長過程で消える場合も
 

 県民健康管理調査で甲状腺超音波検査を受けた子どもの中には、5ミリ以下のしこりや20ミリ以下の嚢胞が発見され、「A2」判定という検査結果を受けた人がいます。この「A2」判定の大多数は、甲状腺嚢胞(液体の入った袋)によるものです。甲状腺嚢胞は、生まれつきある場合もありますし、成長過程で一時的に現われて成長とともに消えていく場合もあります。甲状腺結節(しこり)や嚢胞は子どもでも決して珍しくないのですが、良性がほとんどです。

 

 このため、しこりや嚢胞がなかったとされる「A1」判定の人と同様に、現時点で採血や尿検査などの二次検査の必要はありません。県民健康管理調査では、充実部分を伴う嚢胞や、結節を含めて5.1ミリ以上のものが見つかれば、二次検査に進む「B」判定にしています。

 

 甲状腺がんは一般的に極めてゆっくりと成長し、ほとんど死亡などの重症化するケースがないことで知られています。東京電力福島第一原発事故から1年3カ月余り経過した段階で原発事故による放射線被ばくの影響が出ていることは考えられません。長期的な経過観察が大切です。

 

 現在、県は1回目の甲状腺の超音波検査をしていますが、それが終了すれば、2回目の検査をする予定です。今後、しこりや嚢胞が前回の検査と比べて変化がないかを継続的に確認していくことが必要です。

Q 甲状腺がん、どのような病気か
  東京電力福島第一原発事故で放出された放射性ヨウ素による被ばくで甲状腺がんの発症が心配されています。チェルノブイリ原発事故でも多くが発症したそうですが、甲状腺がんとはどのような病気なのでしょうか。

A 発生頻度高くゆっくり発育。多くの人が気付かずに生活
 

 甲状腺がんは文字通り、甲状腺に発生するがんです。顕微鏡で見たときの形の特徴からいくつかのタイプに分けられます。最も多い約8割以上に見られるのが「乳頭がん」と呼ばれるタイプです。

 

 甲状腺乳頭がんは、他の臓器を含めた全てのがんと比較しても、ゆっくりと発育し、具体的な症状が出にくい性状を持つことが分かっています。このため、非常に小さな、数ミリ程度の甲状腺がんが発生しても、気付かずに過ごすことがしばしばあります。

 

 過去の調査で、亡くなられた人の体を解剖して甲状腺がんがどのくらいの割合で見つかるかを調査したところ、国によって多少の違いはありますが、1~2割程度の人に甲状腺がんが発見されたと報告されています。つまり、甲状腺がんは比較的、発生頻度が高く、しかも、かなりの方が発生に気付かないまま、生涯を全うされている、ということなのです。

 

 甲状腺がんの診断では、超音波検査やがんが疑われる細胞を採取し、顕微鏡で観察します。実際に甲状腺がんと診断され、治療が必要であると判断された場合、一般的にはがんを摘出する、つまり手術による治療が行われます。一方で、甲状腺は甲状腺ホルモンを出す臓器ですから、甲状腺の大半を摘出すれば、甲状腺ホルモンが出ない状態になってしまいます。そのような場合には、甲状腺ホルモン剤を服用していただき、体内のホルモン濃度を一定に保もつように調整します。

Q チェルノブイリ事故の甲状腺がん、なぜ数年後発症
  東京電力福島第一原発事故で放出された放射性ヨウ素の半減期は数日間と、ごく短いと聞きました。それなのにチェルノブイリ原発事故では甲状腺がんが事故後数年から十数年で発症したそうです。どうしてでしょうか。

A 被ばくして傷ついた遺伝子。間違った修復で「リスク」に
 

 放射性ヨウ素の代表的なものにヨウ素131という放射性物質があります。ヨウ素131は半減期が約8日間と比較的短いのですが、その間にベータ線やガンマ線といった放射線を出します。

 

 チェルノブイリ原発事故では、ヨウ素131をはじめとする放射性ヨウ素によって汚染された食物、特に牛乳を子どもが摂取しました。こうして放射性ヨウ素が特に甲状腺に取り込まれ、そこから出る放射線によって甲状腺の内部被ばくが起きました。

 

 放射性ヨウ素自体は半減期が短いため、数カ月もすると、なくなってしまいます。しかし、その間に出された放射線によって遺伝子に傷がついてしまいます。傷がついた遺伝子のほとんどは、修復遺伝子の働きによって元通りに戻りますが、高い放射線量の被ばくによって非常に多くの遺伝子が一度に傷つくと、まれに間違って修復される遺伝子が出ます。このように間違って修復された遺伝子が数年から数十年後、がんになる「リスク」となります。

 

 チェルノブイリ原発事故では、このような経過をたどって、半減期の短い放射性ヨウ素の内部被ばくにより、甲状腺がんの発症が増加しました。これを踏まえ、2011年3月の福島第一原発事故の対応では、発生直後から暫定基準値を設け、特に放射性ヨウ素に汚染された食物を摂取することによる内部被ばくをできるだけ低減化する措置を取りました。現在はより厳しい基準値が設定されています。

県内11地点の環境放射線測定値
(単位はマイクロシーベルト/時間)
 


































平常値 0.04 0.04~
0.06
0.04~
0.05
0.04~
0.05
0.02~
0.04
0.05 0.05~
0.06
 2011年
3月15日 0.05 0.06 0.44 0.06 0.05 2.43 1.69 0.12
同午後9時 22.8 3.5 7.56 1.18 0.45 4.56 1.34 33.4
4月11日 1.94 2.2 1.83 0.67 0.15 0.09 0.67 0.31 0.25 5.39 2.86
5月11日 1.55 1.27 1.41 0.55 0.16 0.08 0.5 0.23 0.17 3.03 1.69
6月11日 1.26 1.56 1.29 0.54 0.17 0.08 0.46 0.23 0.18 2.82 1.78
7月11日 1.17 1.21 1.09 0.49 0.15 0.07 0.5 0.2 0.19 2.66 1.68
8月11日 1.2 1.04 0.93 0.47 0.13 0.08 0.46 0.18 0.18 2.56 1.61
9月11日 0.99 0.89 0.81 0.42 0.13 0.07 0.42 0.18 0.17 2.12 1.51
10月11日 0.95 0.78 0.84 0.42 0.14 0.07 0.49 0.17 0.15 2.1 1.44
11月11日 0.98 0.76 0.76 0.38 0.13 0.08 0.43 0.16 0.15 2.04 1.27
12月11日 0.97 0.71 0.75 0.39 0.13 0.08 0.41 0.17 0.14 2 1.25
 2012年
1月11日 0.8 0.67 0.71 0.36 0.11 0.07 0.39 0.17 0.14 1.37 1.12
2月11日 0.76 0.65 0.63 0.35 0.1 0.07 0.39 0.18 0.13 0.76 0.81
3月11日 0.76 0.66 0.58 0.31 0.11 0.07 0.36 0.16 0.11 0.58 0.77
4月11日 0.68 0.59 0.58 0.27 0.12 0.06 0.36 0.11 0.12 0.99 1.03
5月11日 0.66 0.57 0.58 0.24 0.09 0.06 0.35 0.1 0.12 0.92 1
6月11日 0.53 0.54 0.54 0.23 0.09 0.06 0.3 0.1 0.12 0.86 0.95
7月11日 0.56 0.52 0.51 0.22 0.09 0.06 0.25 0.1 0.12 0.83 0.94
8月11日 0.67 0.51 0.51 0.22 0.1 0.06 0.4 0.11 0.13 0.8 0.93
9月11日 0.6 0.48 0.47 0.2 0.09 0.06 0.39 0.1 0.12 0.8 0.89
10月11日 0.66 0.48 0.48 0.2 0.09 0.06 0.35 0.09 0.11 0.8 0.82
11月11日 0.73 0.46 0.52 0.2 0.09 0.06 0.32 0.09 0.11 0.83 0.79
12月11日 0.73 0.44 0.48 0.19 0.07 0.06 0.31 0.09 0.1 0.72 0.7
 2013年
1月11日 0.57 0.46 0.52 0.19 0.08 0.06 0.32 0.09 0.1 0.76 0.66
2月11日 0.51 0.39 0.52 0.18 0.07 0.06 0.31 0.09 0.10 0.62 0.51

※測定場所は県北保健福祉事務所、二本松市役所、郡山合同庁舎、白河合同庁舎、会津若松合同庁舎、南会津合同庁舎、南相馬合同庁舎、いわき合同庁舎、田村市役所、飯舘村役場、川俣町山木屋駐在所(2011年4月は山木屋郵便局)。2011年3月15日の午後9時以外は2012年3月までは午後1時、2012年4月以降は午後5時のデータ(一部、規定時刻に計測できずに違う時間帯もある)。平常値の「-」は定点観測していない。
甲状腺の役割は

 甲状腺は、頸部(けいぶ=首)の前面にある臓器で、ちょうどチョウが羽を広げたような形をしています。成人の場合でも15~20グラム程度と、比較的小さな臓器ですが、甲状腺ホルモンを出すという役割があります。

 

 甲状腺ホルモンは、エネルギーの代謝や自律神経系の調節、つまり人間の活動のバランスを保つという非常に大切な働きをしています。このため甲状腺ホルモンが上昇し過ぎたり、低下し過ぎたりすると、いろんな症状が起こってきます。

 

 甲状腺ホルモンが上昇し過ぎることを「甲状腺機能亢進(こうしん)症」といいます。よく知られている病気に「バセドウ病」があります。バセドウ病は特に若い女性によく見られる病気です。甲状腺が大きくなるほか、甲状腺ホルモンが過剰に出ることで動悸(どうき)、食欲の亢進、体重減少、手の震えといったさまざまな症状が出ます。

 

 逆に甲状腺ホルモンが低下し過ぎることを「甲状腺機能低下症」といいます。こちらはむしろ中年以降の女性によく見られます。やはり甲状腺の腫大が見られるほか、皮膚の乾燥や便秘、体重増加といった症状が見られます。

 

 どちらの病気も、血液検査をして甲状腺ホルモンやそれに関連するホルモンを測定したり、甲状腺に対する自己抗体の有無を確認することによって診断をすることができます。もし心当たりの症状がある場合には、一度、かかりつけや最寄りの医療機関で相談されるとよいでしょう。

おわりに

 2011年3月11日の東日本大震災、そして福島第一原子力発電所の事故以来、私は「福島県放射線健康リスク管理アドバイザー」として福島県下で住民の方を対象に「放射線と健康」についての講演を行ってきました。また、2011年の12月からは福島民報社から新聞紙上で放射線と健康についてのQ&Aを連載することを依頼され、現在に至るまで、毎週執筆しています。連載という慣れない作業ですが、多くの方から感想や質問、あるいは激励の言葉をいただき、なんとかここまでやってくることができました。

 

 今回出版されることになった本冊子は、2012年3月に出版した「放射線・放射性物質Q&A」の続編であり、これまで掲載したQ&Aからピックアップし、一部改変して取りまとめたものです。前回の小冊子は、おかげさまで好評をいただき、初回印刷した2万5千部に加え、多くの自治体で増刷の上、住民の方に配布されたと聞いています。筆者としてこれ以上の喜びはありません。本冊子も、福島県民の皆様のために、少しでも役立つことを祈念してやみません。

 

 最後になりましたが、福島民報の連載において尽力いただいている同社の佐久間裕様、本冊子の出版に御尽力いただいた鈴木俊哉様、そして常に私のサポートをしていただいている長崎大学国際保健医療福祉学研究分野(原研国際)のスタッフの皆さんに感謝申し上げたいと思います。

 

平成25年3月

長崎大学  高 村  昇
高村 昇 略歴
たかむら・のぼる(1968年7月11日生、44歳)
長崎大学教授
専門分野:
国際放射線保健学、放射線影響学、分子疫学、衛生学、内分泌学、内科

学歴・職歴
1993年3月
1997年3月
1997年6月~2001年10月
1999年6月~2000年7月
2001年11月~2003年2月
2003年3月
2008年4月

2010年1月~2010年9月
長崎大学医学部卒業
長崎大学医学部大学院医学研究科卒業
長崎大学医学部原爆後障害医療研究施設国際放射線保健部門助手
世界保健機関(WHO)本部(スイス・ジュネーブ)技術アドバイザー
長崎大学医学部社会医学講座講師
長崎大学医歯薬学総合研究科公衆衛生学分野准教授
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科
国際保健医療福祉学研究分野(原研国際)・教授
世界保健機関本部テクニカルオフィサー
所属学会
日本内科学会、日本内分泌学会、日本衛生学会、日本放射線影響学会
社会活動
世界保健機関本部技術アドバイザー
長崎ヒバクシャ医療国際協力会運営部会委員(副部会長)
長崎県建築審査会委員
福島県放射線健康リスク管理アドバイザー
財団法人放射線影響研究疫学部顧問、同臨床研究部顧問 等
受賞歴
ゴメリ医科大学(ベラルーシ共和国)名誉教授、2005年度
角尾学術賞「国際ヒバクシャ医療支援と分子疫学的研究および地域保健への展開」2005年度
ベラルーシ医科大学(ベラルーシ共和国)名誉博士号、2006年度
東カザフスタン州(カザフスタン共和国)保健局表彰、2006年度