2024年5月1日付で長崎大学原爆後障害医療研究所 組織修復学研究分野の教授を拝命しました森 亮一と申します。どうぞよろしくお願い致します。
私は 1998 年に群馬大学工学部生物化学工学科を卒業し、その後、金沢大学がん研究所(現がん進展制御研究所)病態生理部門(山本 健一 教授)に修士課程の学生として進学しました。当時ノックアウトマウスを作製するためには遺伝子相同組換え技術が用いられていましたので、ノックアウトマウスを作製し実験に用いるようになるまでには1年以上必要でした。一方でニワトリ B リンパ球細胞株 DT40 は、高頻度で遺伝子相同組み換えが起こる唯一の哺乳類由来細胞として知られていましたのでノックアウト細胞株の樹立に適していました。私に与えられた研究テーマは、電離放射線刺激による DNA 修復機構の分子メカニズムの解明、特に DT 40 細胞を用いた毛細血管拡張性運動失調症の原因遺伝子 ATM の機能解析でした。それと同時に蛍光ディファレンシャルディスプレイ法を用いた新規 DNA 修復応答遺伝子の同定も試みていました。毎日ひたすら PCR、そしてポリアクリルアミドゲル電気泳動を行い複数の遺伝子断片を観察、蛍光強度に変化のあるバンドの切り出し、クローニングを行っていました。そして帰宅前には、次の日に使用するポリアクリルアミドゲルを長いガラス板を用いて作製、その後大腸菌培養が日課となっていました。わずか 2 年間でしたが、最新技術の習得と研究に対する考え方を学ぶことができ、研究の魅力を深く感じた時期でした。
博士課程では「修復」というキーワードを個体レベルに拡大して研究を行いたいと考え、金沢大学医学部法医学教室(大島 徹 教授)に進学しました。法医学実務に携わりながら、東京大学医科学研究所から金沢大学実験動物研究施設に赴任された浅野 雅秀 教授(現京都大学大学院医学研究科)にご指導いただき、本格的に遺伝子組み換えマウスの作製・維持・機能解析法を学ぶことができました。ノックアウトマウスを用いて皮膚創傷治癒過程におけるガラクトース糖鎖の機能解析に取り組み、学位を取得致しました。学位取得後は海外で研究を行いたいと考え、異なるモデル生物(ショウジョウバエ、ゼブラフィッシュ、マウス)を用いて創傷治癒研究を展開していた Paul Martin 教授(University of Bristol(UOB)、英国)の下でポスドクとして研鑽を積みました。
Martin 教授から与えられた研究テーマは皮膚瘢痕形成の分子メカニズムの解明と創傷治癒改善効果を有する核酸医薬(アンチセンスオリゴ)の開発でした。また当時の Martin 教授は、University College of London(UCL)から異動したばかりで、しかも同僚はアメリカから来たポスドク1名(ショウジョウバエ担当)だけでしたので、マウスプロジェクトの研究体制を確立するのも私の仕事でした。UOB 在籍中にロンドンに滞在しながら David Becker 教授(UCL)にアンチセンスオリゴの開発についてご指導いただきました。このように同僚や様々な先生方の協力もあり無事に目標を達成することができ、4 年間の英国生活を終え日本に帰国することになりました。この留学において研究を持続的に続ける厳しさと楽しさを学ぶことができ、私の研究者人生において大変有益な経験となりました。
2009 年に長崎大学医学部第一病理学(下川 功 教授)に助教として採用され、引き続き講師、准教授として所属させていただきました。下川教授は老化学、特にカロリー制限における寿命延長効果の分子メカニズム解明に取り組んでいらっしゃいましたので、私は創傷治癒研究と老化研究の融合を試みることにしました。また病理学に所属していることもあり、顕微鏡を自ら改良しながらイメージング解析の確立も行いました。研究テーマについては常に新しくアップデートしていきたいと考えておりましたので、新たに老化研究やイメージング解析が加わったことは、非常によい相乗効果を生み出すことができました。
長崎大学原爆後障害医療研究所では、放射線や外傷によって生じた障害部位における組織修復の分子メカニズムを解明し、その結果を基盤として新規治療法の開発を目指したいと考えております。さらに組織修復学研究で得られた知見を老化研究分野へ応用することで、組織修復学から派生したユニークな老化研究への展開も試みたいと考えております。最新解析技術の導入や国際的ネットワークを構築し、研究の推進をはかるとともに、産学官連携の強化、学生教育、基礎及び臨床研究医の育成に取り組む所存です。今後ともご指導ご鞭撻のほど何卒よろしくお願い申し上げます。