皮膚創傷治癒過程は、炎症細胞浸潤主体の「炎症期」、再上皮化・肉芽形成・血管新生の「増殖期」、過剰に生産された細胞外基質が分解される「成熟期」で構成される生体防御反応です。その一連の過程は、細胞表面やサイトカインを介した細胞間相互作用で制御されています。通常、創傷治癒後には瘢痕(いわゆる傷跡)が残りますが、哺乳類胎生期(妊娠第二期以前)の皮膚創傷修復部位は瘢痕形成されず、皮膚組織が完全に再生されます。そのときの創部には炎症細胞浸潤が認められないことから、炎症細胞が瘢痕形成に深く関与していると考えられています。その詳細な分子メカニズムは未だ解明されていません。
これまで私達は、炎症及び瘢痕が認められない PU.1 遺伝子欠損(KO)マウスを用いて(Martin P, Curr Biol, 2003, PMID:12842011)、皮膚創部炎症・瘢痕関連遺伝子群を網羅的に同定しました(Cooper L, Genome Biol, 2005, PMID:15642097)。中でも osteopontin(OPN)が瘢痕形成に関与していることをつきとめ、さらに瘢痕形成減弱効果を有する OPN アンチセンスオリゴ(ASO)の作製に成功しました(Mori R, J Exp Med, 2008, PMID:18180311)。この一連の研究成果は、メディア(BBC News, http://news.bbc.co.uk/2/hi/health/7199897.stm )、他の学術専門誌に紹介され(Nat Med, https://doi.org/10.1038/nm0308-252 )本研究の重要性が認められた瞬間でした。
本研究の最も興味深い知見は、瘢痕化の起点は、微小環境における少数派の線維芽細胞より開始されていたことでした。この細胞群が瘢痕の鍵であると考え、現在は創傷治癒研究に資するマルチオミクス解析の技術開発を行い、その解析技術を基盤としてユニークな研究を展開しています。
従来の創傷治癒研究は、発生生物学的視点から多種多様なモデル生物(ヒドラ、プラナリア、イモリ、ショウジョウバエ、ゼブラフィッシュ、マウスなど)を用いて行われています。私達は特にゼブラフィッシュ、ショウジョウバエ、そしてマウスから得られた結果を統合して、複雑な組織修復の分子メカニズムの解明に取り組んでいます。このように様々なモデル生物を積極的に用いて研究を行っていることも私達の研究グループの特徴の一つです。
私達は国内外の研究者(敬称略)と協力しながら研究を展開しています。