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教授就任のあいさつ (平成22年3月)
 
教授 中島正洋 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科
放射線医療科学専攻 放射線障害解析部門
腫瘍・診断病理学研究分野(原研病理)
教授 中島 正洋

1.はじめに
 この度、平成22年3月1日付けをもちまして、腫瘍・診断病理学研究分野(原研病理)を担当させていただくことになりました。初代の西森一正教授、先代の関根一郎教授に続いて、三代目となります。
 私は佐賀県武雄市出身で、平成4年医学部卒業と同時に原研病理の大学院生となり人体病理学を学びました。平成8年からはUCLA School of Medicine, Cedars-Sinai Research Instituteにポスドクとして留学する機会を得ました。内分泌学の大家でありますShlomo Melmed教授の元で二年間、ラボでクローニングされた下垂体腺腫腫瘍遺伝子の発現・機能解析に従事しました。私にとって基礎実験のみに集中できたこの2年間はとても貴重であり、その後の研究に取り組む上でなくてはならない経験をさせていただきました。帰国後は、原研病理と同じく関根教授が主任でありました原研の資料収集保存部生体材料保存室(原研試料室)に配属され助手、講師、准教授を経て、現在に至っています。

2.研究について
 私は人体病理学を専門分野とし、これまでに病理診断学、甲状腺腫瘍病理、被爆者腫瘍病理と分子病理学を領域とした研究に取り組んで参りました。原研試料室では、まず被爆者固形がんの病理診断データベース(DB)を作製しました。これには長崎被爆者11,802 人分の悪性腫瘍の病理診断が含まれていて、包括的に被爆者の保存試料の所在を知る事ができ、研究への活用が可能となりました。その結果、私どもからも被爆者腫瘍の保存パラフィン組織を材料とした分子病理学的研究成果が、徐々に国際学術誌に掲載されるようになりました。「被爆者の発がんリスクが現在でも続いている」という疫学情報は被爆者研究の共通認識となっています。自前の被爆者固形がんDBを検索しても、近距離被爆者に多重がん罹患率が高くなり現在も増加傾向にあることが判明しました。被爆者発がんへの放射線晩発影響の分子機構は未だ不明です。そのリスク亢進メカニズムの解明は、現在の原爆後障害研究における最重要課題であると同時に、一般の発がんリスクにつながるものと考えます。今後も、放射線被曝の影響を残す被爆者組織生体試料を活用した、晩発健康影響研究に取り組んでまいります。長崎大学グローバルCOEプログラム「放射線健康リスク制御国際戦略拠点」のプロジェクトの1つとして、平成20年から長崎大学病院と原爆病院外科の協力体制を得て、被爆者固形がんの新鮮凍結試料の収集が進行中です。将来的には、保存パラフィン切片ではできなかった網羅的な分子異常解析を新展開したいと思います。
 原研病理は原爆後障害医療研究施設(原研)に属する病理学講座であり、高齢化していく原爆被爆者医療に貢献する腫瘍病理診断学と放射線晩発障害としての固形癌リスク解析に寄与する研究が望まれると理解します。発がんリスクが潜在する被爆者腫瘍組織は、がん研究の生体試料としても貴重であり、そこから得られる医学的情報を普遍化して社会へ還元することは、原研で研究をする我々の責務であると心得ます。最近、正常細胞では、放射線照射など、DNA障害性のストレスが加わった時に、DNA損傷が多数観察されてきますが、がん細胞では無処置で自然発生性にDNA損傷が亢進していることが判りました。1つの例を示します。子宮頸部腫瘍では多段階発がんが明らかです。DNA損傷応答の分子マーカーの発現を子宮頸部腫瘍で解析しますと、異形成の程度の亢進・がん化に伴い、この分子マーカーの発現が亢進していることが判りました。現在までに、高度異形成と上皮内がんの鑑別に、増殖細胞に発現する分子マーカーのサイズと数が有意な情報になることが判明しました。上皮内がんと診断されれば切除ですが、高度異形成であれば経過観察となることがある、治療方針の異なるこれら二つの病変の鑑別に有効と考えます。個々の細胞のDNA損傷応答の状態を解析することで、腫瘍の発生段階を知ろうとする試みは、独創的発想であり、すでに甲状腺がんと皮膚がんにおいて論文発表しています。自然発生性DNA損傷応答の亢進はゲノム不安定性を示唆する現象であり、ゲノム不安定性が腫瘍のもつ普遍的細胞特性であることを考慮しますと、普遍的腫瘍マーカーとして、腫瘍の診断・治療に貢献できる分子病理診断法への応用に期待がもてます。

3.病理医の育成について
 診断病理学にも積極的に取り組んでまいります。「がんの2015年問題」と表現されるように、我が国のがん患者数は2015年にほぼ倍増し、2050年まで横ばいで推移することが試算されていて、今後がん患者数とともに病理診断件数が増加することが予想されます。さらに、縮小根治術が一般的になってくることにより、術中迅速診断を含め病理学的評価項目は増加する一方です。すなわち、先進医療での病理学の役割は一層高まっているにもかかわらず、病理医の不足が危機的状況であることは一般には知られていません。2008年の日本医師会からの報告によりますと、診療科別にみた最低必要医師数倍率は、病理診断科で最も高く(3.77倍)、婦人科(2.91倍)や救急科(2.07倍)の現状より、必要医師数が不足しています。長崎県の専門病理医不足の現状も厳しく、少子高齢化が進んでいます。平成20年度には「病理診断科」が標榜化され病理医に個人開業という選択肢も増えました。病理医の育成には、学部教育からの病理学への興味・動機付けが第一に重要で、研修医には臨床科としての病理学の魅力を伝え、専門病理医を志す若手医師の育成に微力を尽くしていく所存です。

4.まとめとして
 西洋医学発祥の地である長崎大学医学部では、開学の祖ポンペの時代(1859年)より、解剖学とともに病理総論の講義が始まっています。病理学は、当時最先端の学問であったわけですが、形態学を重視するHE染色による古典的病理学の専門性は今もなお高く、現代医学においてもそのニーズは益々高まっています。原研病理では、この古くて新しい病理学を学問的基盤とし、被爆者腫瘍研究、診断病理学と分子病理学を3つの柱と位置付け、研究と教育に取り組んでいく所存です。被爆者腫瘍研究では、放射線の外照射を受け発がんのリスクが長期潜在する、世界で唯一の生体試料である被爆者腫瘍組織バンクを活用し、晩発性発がんリスク亢進の分子メカニズムの解明を目指します。同時に人体病理学の高い専門的知識と能力を有す、病理専門医を育成し、地域医療に貢献できる人材を輩出したいと思います。分子病理学では被爆者腫瘍研究により得られた知見から、普遍的腫瘍組織マーカーに足るべき新規分子診断法を創出してまいります。放射線障害や被爆地という、特異性からの普遍的知見の創出を目標に、被爆者研究から得られる医学的情報を国際社会へ発信していきたいと考えます。


 
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