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原研創設50周年を迎えるにあたり (平成24年4月)
 
教授 中島正洋 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科
放射線医療科学専攻 放射線障害解析部門
腫瘍・診断病理学研究分野(原研病理)
教授 中島 正洋

 本年度、原研は創設50周年を迎えます。この4年間で6人の新しい教授が原研に着任し、世代交代がひと段落しました。それを契機に、昨年度4月に原研が改組され、「社会医学部門」、 「放射線生命科学部門」、「原爆・ヒバクシャ医療部門」の3つの大部門に「資料収集保存・解析部」を加えた体制で再スタートしました。原研病理は、「原爆・ヒバクシャ医療部門」のひとつの分野として、「資料収集保存・解析部」の生体材料保存室(原研試料室)のスタッフとともに、主に大学院医歯薬学総合研究科の放射線医療科学専攻の教育と研究を担当することになります。現在の研究スタッフは教員5名、院生1名の6名です。今まで以上に技術スタッフと研究補助員を含めた教室員の結束を大切に、教育・研究、診断病理にのぞみたいと思います。
 5年前に被ばく医療分野の人材育成を目的として文科省より採用された、長崎大学グローバルCOEプログラム「放射線健康リスク制御国際戦略拠点」も平成23年度が最終年度となりました。以下に、原研病理と試料室でのこれまでの主な研究成果を要約します。

1)被爆者がんの保存試料を用いた研究
 被爆者に生涯続いている発がんリスクについてしらべるために、長年(1968年から1999年)に わたり病理標本として保存されてきたパラフィンブロックを使った成果です。
1.被爆者乳がんと遺伝子増幅
 乳がんは放射線との関係が良く知られていて、近距離で若年齢での被爆者では頻度が高いと考えられています。我々は、手術切除された乳がんの組織切片を用いて、HER-2C-MYCという2つのがん遺伝子の数の異常をFISH法で解析しました。その結果、近距離被爆者の乳がんでは2つのがん遺伝子がともに増幅されている頻度が高い(近距離群42.1%、遠距離群6.3%、対照群4.8%)ことが判りました。放射線はDNAの二重鎖を切断することが知られていますが、その後の修復の後も何らかの異常が、がん遺伝子増幅というエラーを起こして乳がん発生につながっていくのでしょう(Miura, et al., Cancer 2008)。
 さらに最近、乳がんのパラフィン切片から全ゲノムを抽出してDNAコピー数の異常を解析した結果、近距離被爆者では非被爆者と比較して異常を示す領域が有意に大きいことが判りました。「DNAコピー数の異常」は遺伝子配列上の増大と欠失の総計を指しますが、原爆放射線は、乳がんに関連した遺伝子のみならず、全ゲノムの数の異常に影響している可能性があるということです。原研遺伝との共同研究での成果で、被爆者のパラフィン切片を用いてゲノム全体を解析できることが初めて証明されました(Oikawa, et al., Radiat Oncol 2012)。
2.被爆者皮膚ではDNAに傷が入り易くなっている
 皮膚がんのひとつである基底細胞がんは日光紫外線によって生じることが判っていますが、近距離被爆者では原爆放射線との関連も知られています。被爆者では、通常は衣服に覆われていて日光の影響のない部位に発生したがんに、放射線の影響が有意にみられることを見いだしました。これらのパラフィン切片を使って、がん病変の周囲に含まれている正常の皮膚細胞でDNAに入った傷(DNA二重鎖切断)を観察すると、近距離被爆者は対照と比べて有意に多く生じていることが判りました。皮膚は体表で外からの刺激に対してバリアー機能を発揮してい
ます。通常の生活環境でも、DNAレベルでの傷は絶えず発生していますが、それを修理する機能があってがん化を防いでいます。近距離被爆者では原爆放射線の影響のため、通常の環境で起こるDNAの傷が生まれ易く、歳をとるに伴って傷が蓄積して、がんができるのではないかと考えられます(Naruke, et al., Cancer 2009)。

2)被爆者腫瘍組織バンクについて
 人体の放射線影響を読み解くために、被爆者の生体試料が貴重であることは言うまでもありません。パラフィンブロックを使った研究がこれまでなされてきていますが、さらに分子レベルで詳細に観ていくには、被爆情報、臨床・病理学的データのそろった新鮮凍結試料が必要と思われます。原研試料室では長崎大学病院と長崎日赤原爆病院外科のご協力を得て、被爆者手帳集団を対象にした新鮮な凍結腫瘍組織の収集を行っています。三浦助教を中心に、GCOEポスドクの蔵重さんと事務スタッフの荒木さんが奮闘してくれています。術前に試料提供のためのお願いを書面で行い、承諾を得て、被爆情報、家族歴、治療歴、喫煙・飲酒歴を聴取し、病理情報とともにデータベース化し、検体摘出後は手術室にて腫瘍と正常部組織を分取、凍結し、DNA/RNAを抽出保存しています。2008年4月から2011年8月の期間で、312名の被爆者より326例の組織試料が収集されました。2km未満の近距離被爆者は37名(11.8%)、10歳未満の若年被爆者は141名(45.2%)です。根気、マンパワーとお金のかかるプロジェクトですが、長崎の被爆者数は現在40900名、平均年齢76.8歳で、この中から今後、多数の腫瘍が発生すると推定されていて、継続していくことになります。

3)実験動物の放射線による腸管障害について
 GCOEポスドクの松山さんを中心に取り組んでくれた成果です。関根先生の研究テーマのひとつに、急性の放射線腸管障害に対する防護薬の探索が挙げられます。放射線被曝による急性期死因の主なものが腸管死ですので、その防護・治療法は重要です。最近、細胞の増殖や分化、血管の新生を促進する活性作用をもつ因子であるBasic fibroblast growth factor (bFGF) が、ラットの小腸で放射線による細胞死を劇的に抑制する効果を見つけました(Matsuu-Matsuyama M, et al., Radiat Res 2010)。

4)腫瘍病理診断に有用な新しい方法の検索
 診断病理学に役立つ情報についての成果です。日常の病理診断で「がんか良性かを決める 指標があれば…」、と思う場面がよくありますが、残念ながらそのようなものはありません。我々は、これまでの被爆者発がんの研究過程で、「がんに向かう状態ではDNAに傷が入り易く遺伝子レベルで不安定になっている」、ということを考えるようになりました。現在、がんの病理組織上で「DNAの傷」や「遺伝子レベルでの不安定さ」を簡単に可視化することができれば、がんの病理診断に役立つのではないかと、考えています。その結果、DNAの傷を修復するのに重要なタンパクのひとつに注目して、甲状腺がん(Nakashima, et al., Int J Cancer 2008)、皮膚がん(Naruke, et al., Cancer Sci 2008)、子宮頸がん(Matsuda, et al., Histopathology 2011)のがん細胞では特徴のある形態で観察されることを見いだしました。今後、腫瘍病理診断で応用の可能性を模索したいと思います。 


 本年度、原研創設50周年を迎えるにあたり、これまでの伝統を受け継ぎ、時代のニーズや経済状況に応じて新しく展開していくことを念じて、教室作りをしていきたいと思います。日本全体にインパクトを与えた東日本大震災、その後の原発事故で、昨年ほど多くの国民が放射線の健康影響について興味を持つようになった年はありません。その年に原研のGCOEプログラムは終わり、50周年を迎えようとしています。経済的に低迷が続くこの国で、新たに研究費を獲得し、不足する研究医や病理医を育成していくためには、温故創新の発想が不可欠でしょう。広島、長崎の被爆者研究の伝統を継続、発展させることの必要性を痛感する年度初めとなりました。
 
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