▼長崎被爆者腫瘍組織バンクやトロトラスト被ばく剖検アーカイブスを用いた放射線誘発がん化機構の解明
被爆者の疫学的研究から放射線被ばくと各種発がんリスクとの関連が明らかにされていますが、現在まで放射線が原因の”真の”放射線誘発がんとそうでないがんを区別できる生物学的指標は明らかにされていません。2008年より原研試料室では「長崎被爆者腫瘍組織バンク」として被爆者の腫瘍および正常組織の新鮮凍結組織検体の収集を行っており、これまでに854例(2022年12月現在)の試料を収集しています。また理化学研究所の福本学先生と共同で、放射性血管造影剤トロトラストによる内部被ばく症例の剖検組織アーカイブスを構築しています。これらの試料を用いて次世代シーケンサーによる全ゲノム解析や遺伝子変異シグネチャー解析技術により、放射線誘発癌の分子病理学的特徴を解析しています。また放射線発がん動物モデルを用いて放射線被ばく特異的マーカーの探索および放射線発がん機構の解明に取り組んでいます。これまでに放射線被ばくラット甲状腺において発がん以前の段階で細胞周期調節因子であるCDKN1A遺伝子など複数の遺伝子発現変動が起きることを示しました(Kurohama. J Rad Res 2021)。これらの研究は放射線誘発がんの特徴の理解やその制御、放射線被ばくによる個人の発がんリスクの評価などに役立つことが期待されます。
▼細胞結合や極性に着目した甲状腺癌の病理学的研究
甲状腺癌は比較的予後の良い分化型癌(乳頭癌、濾胞癌)と、予後の悪い低分化癌、未分化癌に分類されます。低分化癌、未分化癌は分化型癌を母地として、p53やβカテニン、TERTプロモーターの変異などが加重されることで発生する多段階発癌の可能性が示唆されていますが、その詳細な機構はよくわかっていません。未分化癌の予後は非常に不良であるため、早期発見ならびに脱分化する前段階での治療戦略が重要です。分化型癌のなかにもさまざまな病理形態学的亜型がありますが、我々は特に癌細胞の結合性の低下や極性の乱れ、間質反応などの形態学的変化に着目し、これらが高悪性度化や分子異常と関連している可能性を検討しています。本研究は甲状腺癌の脱分化・高悪性度化の機序の解明につながり、甲状腺癌のより良い治療戦略構築への寄与が期待されます。
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