保存資料
ホーム保存資料>昭和20年8月9日の原子爆弾に依る被害状況


昭和20年8月9日の原子爆弾に依る被害状況

 本学は爆心より1キロメートル以内(基礎学科教室、附属薬学専門部、風土病研究所及び本館は600メートル、附属医院は800メートル)に位せしため、附属医院の鉄筋コンクリート建物は倒壊を免れたるも内部施設は殆ど全焼し、木造建築は全部倒壊焼儘し、学長及び教授16名、助教授以下医局員85名、職員140名、学生生徒507名、看護婦100名の人的損失を受けたり。
 就中凄惨を極めたるは時偶々空襲警報の解除後なりしため、5か所の木造講堂は講義施行中にして教授学生共に、その場に白骨を列べるの悲惨事を惹起せる事なり、又極端なる困惑を来したるは事務官以下、事務職員が記録帳簿と共に全滅せしにより出納関係まったく不明となりたる件なり。


旧使用土地建物調
所在地 名称 敷地面積 建物坪数 備考
長崎市里郷
坂本町本尾町
長崎医科大学本部
及基礎科及薬専
27,280坪 785 延5,874 4,565 コンクリートの
外郭残存建物
108坪
長崎市坂本町 長崎医科大学附属医院 16,189 960 9,872 540
7236坪479
  43,470 1,745 15,746 5,105  


昭和20年8月9日原子爆弾当時の現員調
  教授 助教授外医局員 看護婦 其他職員 学生生徒  
  医学部 医専 薬専       学生 生徒
死亡 12 2 2 85 100 140 183 324 848
生存 8 0 4 73 161 73 159 312 790
20 2 6 158 261 213 342 636 1,638


ENGLISH
  長崎原子爆弾の医学的影響  
  原子爆弾救護報告書:永井隆  
  原爆の医学的影響:西森一正  
  私の原爆体験と原爆障害の大要:調 来助  
  調博士の調査資料  
  マンハッタン最終報告書  
  保存資料  
  医科大学と附属医院の被害状況  
  医師らの被爆体験  
  原爆医学資料展示室  
  子どもたちの原爆Q&A  
  原爆被爆者データベース  
  原爆復興70周年記念:原爆被災写真・資料展  
  原研創設50周年記念企画展:原爆投下直後の調査と研究  
  永井隆博士没後60年企画展  
データベース構築30周年記念講演会
被爆60周年記念 医師らの被爆体験講演会
 
  資料収集保存・解析部について
はじめに
沿革
資料調査室
生体材料保存室
研究概要報告・出版
 
(C) Copyright 国立大学法人長崎大学