長崎大学グローバルCOEプログラム「放射線健康リスク制御国際戦略拠点」
長崎大学
JAPANESE ENGLISH
活動 Activities
ホーム活動学術交流>Eric J Hall博士退官記念国際シンポジウムに参加して
 
学術交流
 
   
Eric J Hall博士退官記念国際シンポジウムに参加して 報告書


 放射線生物学および放射線腫瘍学の分野で国際的にも極めて著名で世界的権威である米国コロンビア大学のEric J. Hall博士が退官を迎えたのを記念して、2008年10月13日・14日の両日にわたって、コロンビア大学モーニングサイドキャンパス(コロンビア大学のメインキャンパスで有名な丸い頭の法学図書館の建物があるところ)において国際シンポジウムが開催された。米国を中心に様々な放射線関連施設からの参加者があり、場所の制約から参加者は招待者約120名のみと限られた人数になったが、日本からは鈴木と、京都大学放射線生物学研究センターの小松教授の2名が招待された。我々のような放射線生物学や放射線腫瘍学の研究者をはじめ、放射線物理や放射線化学分野の研究者など、Hall博士と交流のあった各分野を代表する面々が一堂に会した極めて格式の高いシンポジウムであった。
 シンポジウム第一日目には、まず、これまでHall博士が長らくそのセンター長を務めていたコロンビア大学放射線研究センターの新しいセンター長であるDavid Brenner博士から、Hall博士のたどった歴史の紹介があった。とりわけ、Hall博士の研究の歴史を辿ると、1960年代の植物を用いたモ放射線感受性モの研究から(当時はまだ細胞を用いた研究手法は開発されていなかった)、モ線量率モの問題、さらにはモ酸素効果モの研究と、現在の放射線生物学・腫瘍学の根本的問題をすべて取り上げてきたパイオニアであったことがよくわかった。世界的によく知られている放射線学の教科書のバイブル的存在である、『Radiobiology for the Radiologists』が、このような博士の研究の経緯から執筆されたものであるがために、すでに第6判にも及ぶ改訂を重ねているのだということがこれを聞くとよく理解できる。
 引き続いて招待者による講演に移り、「Tumor Hypoxia and Radiosensitizers」というサブタイトルのもと5名の講演が行われた。その後参加者全員が法学図書館前の階段に並んで記念撮影を行い昼食に入った。昼食をはさんで行われた午後のセッションでは「低線量放射線影響」に関連した研究の講演がなされた。21世紀COEプログラムでも招聘したことのある英国ダンディー大学のEric Wright博士、GCOE放射線生物学国際コンソーシアムメンバーの1人でもあるWilliam Morgan博士(最近メリーランド大学からワシントン州にある国立のPacific Northwestern National Laboratoryに異動した)に引き続いての講演を依頼され、『非標的効果とクロマチン高次構造』と題した講演を行った。これまで、放射線照射の記憶をとどめる分子メカニズムは、その存在が予想されても実態が解明されていなかったのが実情であったが、講演の中で放射線照射に起因する大規模なクロマチン高次構造の変化が記憶されるという可能性が提示されたことがHall博士によって高く評価され、今後の研究の励みになった。また講演終了後も、クロマチン高次構造変化による低線量放射線照射の記憶についての議論を長時間にわたり行い、長崎大学GCOEで展開している研究プロジェクトが世界の放射線影響研究に新しい切り口を与えているのだという印象を強く持った。コーヒーブレイクをはさんでさらに2つの講演が行われ、非標的効果発現における活性酸素の役割などが議論された。
 第一日目の講演終了後、2時間の休憩をはさんでHall博士の招待による晩餐会が開催された。Hall博士夫妻をはじめ、ご子息の家族や参加者、関係者約150名の大晩餐会であった。何人かの招待者から祝辞が披露されたが、あらためてHall博士の残してきた偉大な業績について思いを巡らせた。また、Hall博士から、日本から遠路はるばるやってきてくれたことに感謝の意を評され光栄でもあった。
 第二日目は、米国における放射線治療の最先端やその際必要不可欠の技術となる分子イメージングの最新の情報が紹介された。特にMD AndersonがんセンターのCox博士およびKomaki博士によるシステム化された放射線治療の実態の講演を聞くにつけ、日本の放射線治療はもっとその可能性と治療応用の機会を広げないといけないと強く感じた。これは今後の日本の癌治療のさけて通れない道であるし、何より患者のよりよい人生のために我々ができる唯一の道でもある。とりわけ取り上げておきたいのは、午後の講演に一貫して流れていた概念であった。これまで、新しい放射線治療の進展は、放射線照射技術の改良によって行われてきたといっても過言ではない。ここでは放射線物理や放射線工学の知識が多分に必要とされ、また照射装置を開発する企業の積極的な投資が必要であった。しかしながら、IMRT(もしくはIMXT)が一般的な技術になった今、放射線治療のさらなる展開には、放射線生物あるいは放射線腫瘍学の情報が最も重要であるという共通した概念があったのである。たとえば、現在では同じ組織内に共存する癌部と非癌部の境界を明確にイメージングするというようなことは不可能であるが、これまでのイメージング技術の発展により、正常細胞とがん細胞との生物学的な差異さえ解明されれば、この2つを明確に区別することが可能になり、正常組織と複雑に交雑した癌組織のみを放射線により治療することができるようになるというのである。現に、がん細胞で亢進しているMAPキナーゼ経路をイメージングすることによって、癌部と非癌部との境界が想像できない程正確に区分けされつつあることがイメージング画像という証拠を持って示された。EBMの最先端である。従来、新しい放射線治療法の開発には放射線物理や放射線工学の専門家が必要であると考えがちであるが、博士らの意見では照射技術が成熟した現在では生物学との対話がより重要であるとされ、日本でも放射線治療に貢献する放射線生物学に根ざした放射線腫瘍学体系の再構築が急務であると強く感じた。
 コーヒーブレイクをはさんで放射線感受性や放射線発がん感受性に関する講演が行われた。これまた長崎大学GCOEの放射線生物学国際コンソーシアムメンバーであるコロラド州立大学のUllrich博士(博士もつい最近テキサス大学に異動した)も講演を行い、マウスの系統による放射線発がん感受性の違いについて極めて興味深い講演がなされた。
 最後に、Hall博士から今回のシンポジウムに参集した参加者に向け謝辞が述べられた。幅広い分野の研究者が集まったことは、Hall博士の果たしてきた放射線学への貢献が多岐にわたるものであったことを物語っている。筆者を含め、Hall博士の薫陶を受けた研究者は世界各地に広がり、また多くの放射線治療医がHall博士の著作を教科書に育っている。GCOEで展開している放射線基礎生物学プロジェクトも、コロンビア大学放射線研究センターのコア職員であるHei博士を国際コンソーシアムメンバーに加えている。今後も、同センターとの緊密な関係を保ちながら、日本における放射線生物学の国際研究拠点としての役割を果たしていきたいと考える。

(分子診断学研究分野 鈴木啓司)
 
home
ご挨拶
概要
組織
プロジェクト
国際放射線保健医療研究
原爆医療研究
放射線基礎生命科学研究
活動
セミナー
シンポジウム
ワークショップ・講演会
学術交流
e-Learning・遠隔教育
海外学会参加報告
WHOとの連携事業
出版
業績
人材募集
ニュース
一般の皆さまへ
放射線診療への不安に
お答えします。
放射能Q&A
プロジェクト紹介
(長崎大学広報紙)-PDF9MB
チェルノブイリ原発訪問記
大学院生 平良文亨
関連リンク
サイトマップ