長崎大学グローバルCOEプログラム「放射線健康リスク制御国際戦略拠点」
長崎大学
JAPANESE ENGLISH
活動 Activities
ホーム活動海外学会参加報告>第15回国際マイクロドジメトリーシンポジウム(MICROS2009)報告
 
海外学会参加報告
 
 
第15回国際マイクロドジメトリーシンポジウム(MICROS2009)報告

分子診断学研究分野 鈴木啓司


 2009年10月25日から30日まで、イタリア北部のヴェローナにおいて第15回国際マイクロドジメトリーシンポジウム(MICROS2009)が開催された。この国際シンポジウムは、そのタイトルからわかるように、放射線影響の初期過程に焦点を当てたもので、とりわけ、放射線エネルギーが生体を構成する分子に供与される物理過程から生物影響を俯瞰しようとする、きわめて学際性に富むシンポジウムということができる。そのことは参加者の専門分野からも類推することができ、参加者全体の約半数が物理屋、残りの半分が生物屋というユニークな集団であった。開催地がイタリアであるということを差し引いても、EU各国からこれほどまで多くの放射線物理を専門とする研究者が集まりことは日本では考えられないことで、ヨーロッパ圏の基礎科学の裾野の広さを思い知らされた次第である。
 さて、長崎大学グローバルCOEのタイトルでもある放射線健康リスクの制御には、放射線のエネルギーに起因する物理量を定義することが基本になる。いわゆる線量の定義である。しかしながら、通常線量の単位として用いられる『Gy』で表現される吸収線量は、その放射線のエネルギーによって全く異なった生物効果をもたらし、また同じエネルギーでも、その線質によってまた生物影響が異なり、ここに、マイクロドジメトリーの概念が必要とされる舞台が存在する。
 シンポジウムでも、多くの議論が、異なったLETを示す放射線の生物影響の差の理解に費やされ、放射線の飛跡にそったイオン化の分布、いわゆるモtrack structureモとDNAの存在様式との関係がモデル化された。とりわけ、最近のDNAの存在様式に関わる情報の蓄積は目覚ましく、クロマチン高次構造の中でのDNAの構造に基づいたモデリングは、従来のモデルにおける矛盾を解決する結果となっているように見受けられる。
 さて、これまで、放射線のモtrack structureモの解析は、主に低LET放射線において進んでいたが、昨今の放射線の医学利用、宇宙空間への人類の進出、あるいは原子力エネルギーの利用拡大により、対象にすべき放射線の種類は、むしろ多くが高LET放射線であり、このため、プロトン、アルファ粒子、あるいは重粒子のモtrack structureモが多く議論された。これらモtrack structureモのモデル化には、いわゆるモンテカルロ法による推定が用いられるわけであるが、モンテカルロ法を基本にした多くの変法が開発され、その是非が議論された。とりわけ、複雑なモtrack structureモは、単純にDNA二重鎖切断の誘発につながると考えがちであるが、近年の非DNA二重鎖切断損傷の研究の進展により、塩基損傷や一本鎖切断に起因する二重鎖切断の誘発がモデル化され、とりわけ高LET放射線によってもたらされるモClustered damageモがなぜ問題になるかが明確に説明された。
 今回のシンポジウムで一番興味があったのは、様々なモtrack structureモを持つ放射線の初期過程がどれほどモデル化されているのか、あるいは、モtrack structureモのモデルがどれほど生物影響を説明しうるところまで進化しているかという2点であった。とりわけ低線量放射線のリスクを推定するためには、これら2点の完全な理解が必要だからである。もともと、放射線の細胞に対するエネルギー賦与は、完全に物理学的素過程の集合で、その結果としておこるイオン化は、どの線領域であっても賦与されたエネルギーに比例する。それがDNAに対して影響を及ぼす段階になると、イオン化の密度とDNAとの存在様式との関係が重要になる。それでも、異なったLETの放射線であっても、DNAに対する効果は物理的な過程の集合であり、おおむね線量に対する依存性が保存されている。ところが、その結果生じたDNAの損傷が生物影響につながるところは、多くの派生する現象が相加的あるいは相乗的に組み合わされ、単純に賦与されたエネルギーの量とその密度だけによってはモデル化できないのが従来の段階であった。それがどこまで可能になったのか。結論から言えば、モデル化の精度は私が知りうる従来の範囲からは飛躍的に進歩したが、それは決して生物影響を説明しうるところまで高められたものではないということである。これは、ある意味で、放射線物理屋と放射線生物学者がどこまでお互いに理解を深められるかということでも説明できるが、その将来は明るいと言わざるを得ない。しかしながら、実際のモデル化には、放射線物理屋の理解できる放射線生物学者のメカニズムの提供が必要で、ここがおそらく今一番問題になっているとこであろう。たとえば、昨今の研究で明らかになってきた放射線非標的効果は、今回のシンポジウムでも多くの激論が交わされた。その大半がバイスタンダー効果についてであるが、未だにバイスタンダー効果のメカニズムは確定されておらず、モデル化の最大の障害となっている。さらに言えば、バイスタンダー効果そのものも、放射線の生物影響として現在ではあまりにも有名であるが、その一般性にたいし多くの疑問が提出された。たとえば、バイスタンダー効果の誘導を証明する方法の1つであるモMedium transferモは、多くの研究者によって試された方法であるが、同じ培地、同じ細部を使っても必ずしもいつでもバイスタンダー効果が認められないとか、マイクロビーム照射はバイスタンダー効果の誘導にきわめて効果的な照射方法であるが、マイクロビーム照射が必ずしもバイスタンダー効果を誘導しないとか、多くのバイスタンダー効果の誘導を否定する報告は無視できず、聞くところによると、もともと、いわゆるnegative dataは論文として表に出てきにくいが、4つも独立した報告がバイスタンダー効果の誘導を否定する論文として印刷されたあるいは印刷される予定だと言う。これらの問題は、モデル化をする側には大きな問題で、今後の研究の進展と更なる議論が必要である。
 さて、シンポジウムの最終日に、システム放射線生物学のセッションがもうけられた。
 我々、分子放射線生物学グループでは、放射線によるゲノム不安定性の分子メカニズムの解明を目指しているが、今回のシンポジウムでもその研究は多くの研究者に評価された。その理由は、多くの研究者がバイスタンダー効果の研究に流れ、ゲノム不安定性を対象にして研究しているグループがほとんどないことであるが、我々研究グループが提唱しているゲノム不安定性のメカニズムそのものも、これまでの多くの不明な点を明らかにしうるもので、引き続き現在の研究の更なる推進を図らなければならない。とりわけ、現在、低線量放射線の生物影響を対象にするプロジェクトが、DOEやEUによって主導されているものなど世界的にもいくつか進行しつつあるが、これらに加え、長崎大学のGCOEプログラムが日本の推進している低線量放射線影響プログラムとして認知されており、その意味でも、我々の発信する情報が世界的な研究の推進に貢献できる可能性は極めて高いし、またそれに積極的に関与するのがプロジェクトを推進しているメンバーの責任でもあろう。
 
home
ご挨拶
概要
組織
プロジェクト
国際放射線保健医療研究
原爆医療研究
放射線基礎生命科学研究
活動
セミナー
シンポジウム
ワークショップ・講演会
学術交流
e-Learning・遠隔教育
海外学会参加報告
WHOとの連携事業
出版
業績
人材募集
ニュース
一般の皆さまへ
放射線診療への不安に
お答えします。
放射能Q&A
プロジェクト紹介
(長崎大学広報紙)-PDF9MB
チェルノブイリ原発訪問記
大学院生 平良文亨
関連リンク
サイトマップ