長崎大学グローバルCOEプログラム「放射線健康リスク制御国際戦略拠点」
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海外学会参加報告
 
 
毛細血管拡張性運動失調症 国際ワークショップ 2010 (ATW2010) 報告

分子診断学研究分野 鈴木啓司


 放射線に対する細胞応答において中心的な役割を果たす、血管拡張性運動失調症(Ataxia-telagiectasia: AT)の原因遺伝子産物ATM蛋白質に関わる国際ワークショップ、ATW2010、が2010年4月11日から14日まで、米国カリフォリニア州ロサンゼルス郊外のレドンドビーチで開催された。このワークショップは、2年に一度、関連する分野を研究している研究者が一堂に会して、その基礎から臨床までの幅広い問題について議論するものである。前回、京都で開催されてから2年、この間どこまでその研究が進歩したか大いなる期待を持って参加した。また、今回のワークショップのプログラムでは、前回に比べて、治療にかかわる演題の数が飛躍的に増加していて、いよいよ基礎研究の結果が治療に生かされる時が来たのかと、こちらの期待も少なからず高いものがあった。
 さて、ATはその細胞が放射線高感受性であることはよく知られているが、臨床的には小脳性の運動失調や免疫不全、高発がん性などがその特徴である。このことから、第一日目の最初のセッションでは、AT患者における小脳の異常について議論がなされた。AT患者において小脳の萎縮が見られることについては、すでに多くの記載があるが、その原因については、小脳の先天的発達異常と後天的な小脳変成が考えられる。今回初めて、小児のAT患者の小脳の病理切片が供覧されたが、小脳のプルキンジェ細胞において大規模な欠損が観察され、従来考えられていたメカニズムに具体的な証拠を提供することになった。そこで、プルキンジェ細胞の消失を説明するために、AT患者を模した突然変異を有する変異マウスにおいて小脳の構造が詳細に調べられた。その結果、ATマウスでは小脳の発達不全が観察され、ATMが小脳の発達に極めて重要であることが確認された。一方、後天的に変異ATM遺伝子が誘導されるノックインATマウスでは、後天的な小脳変成が確認され、これらの検討から、AT患者で見られる小脳の萎縮は、発達異常と後天的な変成の両方がかかわっていることが証明された。また、これまでにも、AT患者で見られる多様な臨床症状は、ATM遺伝子の変異の部位によってその程度が異なることが考えられていたが、これら変異ATM遺伝子産物の機能異常と、小脳機能不全との関連性もかなり深く議論されるようになってきた。
 このような小脳萎縮のメカニズムに関して、先天的な小脳組織の発達異常が、組織幹細胞の分化異常にもとづく可能性があるため、引き続くセッションでは、ATにおける組織幹細胞の分化について議論がなされた。その結果、ATマウスでの検討から、ATMが神経幹細胞の正常な分化に必要不可欠であることも確認された。従来から神経幹細胞ではROSのレベルが上昇しており、内在性のDNA損傷の存在が議論されていたが、同様の理由で、神経幹細胞の障害がATM機能を必要としているとされた。しかしながら、ATM機能がDNA損傷修復とは別の次元で機能している可能性も示され、すなわち、ATMによる遺伝子発現制御という観点からの議論も行われた。これまでにも、AT患者は一般的に痩身で、四肢の脂肪組織が少ないことが報告されているが、ATマウスでも脂肪組織の異常が確認された。その原因を調べると、脂肪分化に必要な転写因子であるC/EBPβの誘導が低減していることが明らかにされ、ATMと遺伝子転写との関連性が示唆された。現在のところ、ATMと転写因子とを結ぶ直接的な分子機構は提示されていないが、ATMによってリン酸化される下流因子には転写因子も含まれることから、今後、ATMの機能異常が遺伝子発現におよぼす影響が調べられていくだろうと予想される。
 第一日目の午後のセッションでは、免疫不全におけるATMの機能について議論が深められた。DNA二重鎖切断修復と免疫グロブリン遺伝子の再構成ついては以前より研究が進んでおり、いわゆるV(D)J組換えに非相同末端結合修復が必須であることはすでに多くの研究で明らかにされている。ATMの関与する経路は、V(D)Jによって再構成を終えた免疫グロブリンが発生段階でそのクラスを変えていく過程に関与している。最近、この過程、いわゆるクラススイッチの機構が明らかにされたが、遺伝子発現にリンクして活性化されるシチジンデアミナーゼであるAIDによって仲介されるDNA二重鎖切断の導入が引き金となって組換えが進行することが明らかにされた。クラススイッチの完了は、生成したDNA損傷が修復されて終了するが、この際に、ATMの下流因子が機能しているとされる。XLFやATMINあるいはKAP1、53BP1などの協調した働きが必要とされるが、まだその全体像は描ききれていないのが現状であった。組換えに対する直接的な関与と、クラススイッチの正確性におよぼす影響、この両面からの更なる解析が必要である。
 この日は、夜中の10時にまで及ぶセッションが組まれ、夜遅くまで活発な議論が展開されたが、夕食後のセッションで、ATMの活性化にかかわる重要な知見の発表があった。これまで、ATMの活性化機構の研究は、主に電離放射線によるDNA二重鎖切断の生成がその対象になっていた。しかしながら、ATMの活性化は、放射線以外の細胞処理でも起こり、たとえば過酸化水素水による処理はATMを活性化させるものとしてよく知られたものである。今回、in vitroの系を用いて、ATM蛋白質が過酸化処理により活性化する分子機構が突き止められた。すなわち、ATM蛋白質の酸化が活性化に関与していることが明らかにされたのである。この活性化に関わる酸化部位として、ATM蛋白質中に分布する複数のシステイン残基が候補に挙げられ、この内2661番目のシステインが極めて重要であることが示された。つまり、過酸化水素水の処理によってATM蛋白質のシステイン残基が酸化され、このことによって2分子のATM蛋白質がダイマーを構成し、基質を酸化できるようになるというスキームである。もちろん、SS結合をしたATM分子は基質特異性が制限されるのがなぜか、そもそもこの反応が細胞内で有効かどうか、などの数多くの疑問は残るが、電離放射線も、それ自身が酸化ラジカルを発生させることはよく知られているだけに、放射線によるATMの活性化に、このようなメカニズムも合わせて考える必要があるかもしれない。
 第二日目の午前中は、ATM機能のDNA損傷修復おける役割が議論された。AT患者由来細胞が放射線に対して高い感受性を示すことはよく知られているが、その原因がどこにあるのか、未だに完全には説明されていない。古くは、ATMのチェックポイント制御異常の関与に始まり、ATMがリン酸化するエキソヌクレース/エンドヌクレースであるArtemisの関与、さらには、同じくATMがリン酸化するヘテロクロマチン蛋白質であるKAP1の関与などが議論されてきたが、今回、新たに別のDNA修復因子がそのリストに加わったのがポリヌクレオチドキナーゼである。PNKPと略されるこの蛋白質は、ヌクレオチドリン酸化活性と脱リン酸化活性を併せ持つ酵素で、5’切断末端、あるいは3’切断末端のクリーニングにその役割を果たす。蛋白質は、アミノ末端にFHA領域を、またカルボキシ末端には酵素領域を持つ。ちょうどこの2つの領域の中央、ヒンジ領域にATMキナーゼの標的となるリン酸化部位が存在し、その活性が調節される。PNKPは、細胞周期を通じて恒常的に発現され、このことから、非相同末端結合修復にも組換え修復にも関与すると予想されており、事実、リン酸基の変異やPNKPの発現低下は、AT細胞と同等の放射線感受性の低下を引き起こす。したがって、これまでに報告されているArtemisやKAP1の役割に対して、PNKPが同じ経路で働くのか、あるいは異なる状況で機能を発揮するのか等、これまで報告のある修復経路との役割分担が明らかにされることにより、ATの放射線感受性の全貌が解明されることを期待してやまない。
 第二日目の午後にはDNA損傷に対する細胞応答におけるATMの役割に関する議論があったが、すでにこの経路に関わる分子はほぼ全て解析されている感があり、特に新しい概念をもたらすような発見はなかった。しかしながら、リン酸化に始まり、ユビキチン化、Sumo化に続く一連の蛋白質修飾がどのような役割を果たしているかは、そのほとんどが照射直後の数時間の間での解析に終始しているため、発がんにつながるような長期間残存する損傷についてはほとんど解析されていない。我々は、放射線照射後に残存するフォーカスが、修復されずに残されたDNA損傷や誤って結合したクロマチン領域をマークするという仮説のもとにその証明を行ってきたが、今回、同様の残存フォーカスに注目した研究が披露された。もちろん、その結論は、残存フォーカスはDNA損傷情報を持続的に増幅するためということではなく、つぎの修復の機会がくるまで一時的にDNA末端を保護するというシェルターの役割(DNA damage Shelter)として議論されたものであったが、結果としては我々の研究の方向性が正しいことを確認され、今後の研究をどう発展させていくかその戦略において極めて有用なアイディアを得ることができた。
 最終日は、全ての演題が治療に関わるものであった。今回のワークショップを通じて話題とされたのがATMとROSとのかかわりであった。細胞内でROSを産生する最大の小器官はミトコンドリアであるが、ミトコンドリアの機能に関わるp53は、その上流がATMであるために、古くから両者の関係が研究されてきた。最近では、下流の因子だけではなく、p53の直接的な関与を考えられるようになってきたが、ATMはp53非依存的にもミトコンドリアの機能を調節しているらしい。したがって、ATM機能不全によるミトコンドリア機能異常は1つの治療標的になりうる。また、AT患者はその変異の部位によって多種多様な臨床症状を呈するのであるが、コード領域以外の塩基配列置換によるスプライシング異常が、アンチセンスオリゴによって修正されるという結果が報告された。その結果、ATM蛋白質の発現レベルが正常レベルまで回復し、ATで見られる変異形質がほぼ消失した。対象となる患者は多くても全体の5%程度であるようだが、来年には臨床治験研究に展開されるということであった。これ以外には、AT患者で広く見られる運動失調を改善する試みとして、アマンタジンやステロイドを応用する可能性についても議論があった。さらに、免疫不全は造血系のがんと関連させて考えられることが多いが、それそのものも深刻な感染症を引き起こす原因となる。じじつ、多くの小児AT患者が、肺炎等による肺機能不全で命を落とすという臨床医からの報告があり、AT患者に対する治療計画は、単に運動失調だけではなく、複合的な全身症状をきちんと把握した上で行わなければならないことが強調された。
 次回のATワークショップは、これまでの2年おきという慣例を破って来年秋にインドで開催されることがほぼ決定された。従来の、基礎研究中心のワークショップから、より多くの臨床医を巻き込むワークショップへとその姿を変えていくことが多くの参加者から提案された。米国では、数多くのグラントが、様々なレベルでトランスレーショナルリサーチを支援しており、AT研究も今後このような流れにしたがってその姿を変貌させていくのだと予想させられた。今回のワークショップを主催したUCLAのGatti博士は、自身が所有する車にCalifornia RX4ATというナンバーのプレートをつけているという逸話が紹介されたが、今後のATワークショップが正にそのように発展していくことは間違いない。
 
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