長崎大学グローバルCOEプログラム「放射線健康リスク制御国際戦略拠点」
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生物医学および環境科学技術国際会議 報告

分子診断学研究分野 鈴木啓司


 生物医学および環境科学技術国際会議(icBEST2010)が2010年5月9日から12日まで、中国北京市国際会議場で開催された。この会議は、2年に一度、中国毒理学会が主催して開催している国際会議で、今回で4回目を迎える。今回のテーマは、DNA修復とがん克服ということで、関連する分野を研究している中国内および中国にルーツをもつ研究者が一堂に会して、基礎研究を中心に臨床応用を目指した幅広い問題について議論した。
 よく知られているように、現在、米国の生物医学関係の研究には中国出身者および米国生まれの中国人が数多くコミットしている。今回の会議では、3つのキーノートレクチャーに加え、12のプリナリーセッションが用意されたが、その演者の90%以上が米国に拠点を置いて活躍している研究者で、いずれもトップジャーナルに論文を発表している研究者たちである。
 今回の会議で特に興味深く感じたのは、参加した何人かの研究者がp53関連の研究の発表をしたことであった。既に日本国内では限られた数の研究者だけがp53研究を継続しているが、近年その数はさらに減少の傾向にある。世界的に見てもp53に関わる論文数は一時の爆発的な増加に比べると明らかに減少の傾向にあるが、それでも持続的な研究が継続されているのも事実である。主に下流遺伝子の機能を中心にさらにその研究が広がりを見せているのであるが、最近のトピックスの1つは糖代謝との関連である。4月に開催された国際ATMワークショップ2010でもエネルギー代謝とATM機能との関連が議論されたが、p53の下流遺伝子もグルコース代謝経路の制御に関わっている可能性が示された。細胞活性とグルコース代謝、活性酸素の発生と抗酸化活性の制御、これらはいずれも密接に関連した生物活性であり、その脱制御が細胞のがん化に関連することは想像に難くない。したがって、p53の機能変異によりこれらの活性が正常な状態から逸脱し、細胞の過増殖を招来するという可能性は極めて考えやすい可能性である。しかしながら、放射線応答という観点から見たときに、これらのストーリーが同様の絵の中に収まるとは思えない。放射線照射はp53を安定化し、下流遺伝子の転写活性化を包括的に行うが、グルコース代謝に関わるp53の機能の関与は、既に放射線への細胞の暴露に関わらず存在し、この意味で、生理学的な状態でのエネルギー代謝に関わっているというのが一連の結果から導かれる結論であろう。
 もう1つ興味を引いた点は、多くの経路の間で交わされるクロストークの陰陽制御であった。前述のp53経路もその一例であった。p53下流にある経路の活性化は細胞周期を負に制御し、これがゲノムの安定性の維持に深く関わっているというのが既に確認された事実であるが、p53下流の別の経路は、これとは逆に、細胞周期を正に制御するプロセスに関わっている。このような陰陽制御は、その細胞が生きるべき細胞か死ぬべき細胞かによってその出口が異なると考えられるが、そもそもその経路が活性化して細胞の運命が決まるその経路を、細胞の運命が決まる前に選択するという摩訶不思議なことになり、いったい誰が最初の引き金を引くのかという根源的な疑問に行き着いてしまう。このような問題は、p53経路だけに留まらず、ATM下流のDNA損傷応答でも同じような問題が提起され、いったい細胞の運命はどのような基本原理で決定されるのか、我々も沈思黙考する必要があろう。
 今回の会議は、北京放射線医学研究所のHe博士、米国コロンビア大学のHei博士が大会長で開催された会議であったが、極めて特徴的だったのは、若手の、それも修士課程あるいは博士課程の学生と思われる参加者が極めて多いことであった。参加者の3分の2がこうした若手参加者であったといっても過言ではなかった。中国の若者の科学に対する高い興味を反映した結果であるということであるが、これは、中国国内の科学技術の振興に政府が積極的な投資と強力なバックアップをしているからでもあり、またさらに、現在米国で活躍している中国関係の研究者も、国内の若手研究者あるいはその卵を、大切に育てようとしているからでもある。現に、米国の中国生物学研究者協会が資金面で多大なサポートをしており、協会によるポスターアワードがだされたことを見てもその意図は明確である。同協会の紹介によると、現在3000名程の教授クラスの会員がいるということで、故郷を離れた同志が異郷で得た恵みの一部を母国に還元するという徳が、中国の科学の発展に大きく貢献しているという事実を目の当たりにし、その懐の深さに感じ入った。このような政府の強力なバックアップと国外で活躍する研究者のサポートにより、中国国内の研究のレベルは目覚ましい発展を見せており、日本の為政者もこのような動向を真摯な目で見、評価するという行動を是非してほしいと思わざるを得ない。
放射線関連分野に目を転じると、中国国内でもがん発症数の急激な増加により、放射線治療への期待がうなぎのぼりであるという。現に、今回会議を主催した、北京放射線医学研究所でも粒子放射線治療施設を建設しており、従来の電磁放射線治療に加えて粒子放射線治療の新しい時代が既に始まっている。粒子放射線施設の建設は北京だけに留まらず、聞いただけでも3省で4カ所で建設が進められている。中には、千葉の放射線医学研究所のMIMACを採用しているところもあるが、ドイツのGSIの照射方式など、国外の技術、あるいは国外の技術をもとにした国内独自の技術による建設が行われているという。こういった施設には、放射線治療医だけでなく放射線治療を支える多くの医療スタッフが必要となり、その教育システムの構築が急務になっている。また、日本と同様、治療および診断での放射線利用の急激な増加により、患者への放射線量の管理や医療スタッフの放射線被ばくの管理など、低線量放射線被ばくへの配慮と管理が必要となり、この点で長崎大学グローバルCOEで展開している被ばく医療学の構築が大いに貢献すると期待される。今後このような放射線関連施設との連携を通して日本が貢献できる道を探すのは、アジアの旗手として期待されている日本の役割でもある。
 
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