長崎大学グローバルCOEプログラム「放射線健康リスク制御国際戦略拠点」
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海外学会参加報告
 
 
第14回国際放射線研究会議 報告

放射線災害医療学研究分野 鈴木啓司


 2011年8月28日から9月1日まで、ポーランドの首都ワルシャワにおいて、第14回国際放射線研究会議が開催された。スターリン時代に建造された文化科学宮殿を会場に行われた会議では、世界各国から総勢2000名を越える参加者を得て、200演題を越える講演と、800演題を越えるポスター発表において、講演時間や講演場所を越えて活発な議論が繰り広げられた。
 ICRRは、放射線研究にかかわる研究者が4年に一度、一堂に会して行われる、この領域では世界最大の国際会議で、放射線生物を始め、放射線物理、放射線化学、放射線医学、放射線疫学、放射線工学など、幅広い分野の専門家が参集して開催されるユニークな学際的国際会議である。今回は、2度のノーベル賞受賞者であるマリー・スクォードフスカ・キュリーを記念して、ワルシャワで開催されることになった。
 マリー・キュリーはワルシャワに生まれ、その青春時代をワルシャワで過ごした。ソルボンヌ大学に入学して以降はパリに居を移し、全ての研究生活はパリで行われたが、その間にも、ワルシャワをしばしば訪れたということである。会議の途中で、マリー・キュリーに関する講演があったが、1つには強い愛国心が、その研究を遂行していく上での強い支えであったということが披露された。現在、マリー・キュリーの生家は、博物館として保存されており、身の回りの小物や、研究に使用した実験器具のレプリカ等が展示されているが、生家は世界遺産にも登録されている旧市街地区をちょっと出た新市街にあり、戦後壊滅的な破壊状態からその街並みを見事に復元させた当時のワルシャワ市民の、これもまた愛国心を彷彿とさせる街並みであった。
 さて、初日には、3000名を収容する大会議場で開会式が挙行され、異国情緒にあふれるポーランドの伝統的なダンスの披露もあり、これからの4日間にわたる議論が開幕した。
 会議は、それぞれの研究分野に分かれて6会場へ移行しておこなわれた。時には、似通ったテーマが別々の会場で同時に行われていることもあって、予定した全ての講演を聞くことはできなかったが、特に放射線生物影響や放射線健康リスクにかかわる講演を中心に、現在の研究の動向と最新の研究情報の収集を行った。また、GCOEプログラムにかかわる自身の研究結果をポスターセッションにおいて発表し、研究結果にかかわる議論を行った。さらに、ICRR2011に参加したGCOEの放射線生物学国際コンソーシアムメンバーとの打ち合わせおよび共同研究にかかわる協議も行った。
 今回の会議全体を通じて感じた印象は、DNA以外の標的に対する放射線影響が注目されているというものであった。これまで、放射線影響研究の主役は長い間DNAであって、そのことはこれまでも揺るぎのないことであるが、DNAの変異を介さない放射線影響のメカニズムがいくつか提唱された。その1つは、エピジェネティックな遺伝子発現制御機構である。すでに、放射線によるゲノム不安定性の誘導に、エピジェネティックなメカニズムが関与していることを報告しているが、低線量放射線を受けた細胞や、マウス個体レベルでのバイスタンダー効果研究でも、エピジェネティックメカニズムの研究が進行しており、これは新しい研究の方向性である。また、放射線のミトコンドリアに対する影響も、DNAの変異に影響されない経路として注目されてきた。もともと、エネルギー産生の場であるミトコンドリアは、活性酸素種の産生の場でもあるが、活性酸素消去とのバランスを崩す放射線影響がどれほど重要であるか、とりわけ低線量放射線影響を理解する上では欠くことのできない情報である。
 また、放射線の影響が、従来の研究で汎用されてきた齧歯類の細胞や、ヒト癌細胞あるいは正常ヒト線維芽細胞などの種類を越えて、様々な種類の正常ヒト細胞で調べられるようになったのも今回の特徴であるといえる。特に、DNA損傷応答が、体細胞のそれと異なるES細胞や生殖細胞を用いた研究は、放射線による発がんや遺伝的影響の理解に新しい視点を与えることになろう。
 さらに、人為的に三次元再構築したヒト組織モデルを用いた研究も始まりつつある。放射線影響を、組織応答という視点から見直す動きがあり、放射線による組織恒常性の撹乱を分子レベルで研究する手法として、組織再構築モデルが注目されているわけである。放射線の晩発影響における炎症反応の関与も議論され始めており、今後LNTモデルの科学的合理性の議論に影響を及ぼしうる研究として発展することが期待される。
 ワルシャワは、東欧の香りが残る街で、巨大な構造物である文化科学宮殿は、いたるところから望むことができる。いい意味でも悪い意味でもワルシャワ市民の話題を集めるこの会場は、上層階に展望台があるそうで、その展望台からのワルシャワ市内の眺めが一番だとか。『だって、ここからは文化科学宮殿が見えないからね!』というのが、ワルシャワっ子のいいぶんである。ワルシャワ市民は、おそらくポーランド国民がそうであるのであろうが、年長者をいたわり、子供を大切にする、という極めて普通のことが普通にできる市民であることがよくわかった。老人が来れば皆が席を譲り、ベビーカーを押した母親が来ればあっという間に周囲にゆとりの空間ができる。ちょっと前にはよく目にしたそんな光景を、よく見ることがあった。そんなワルシャワでも、建設ラッシュが始まっており、市の中心部には、巨大なショッピングモールもできており、正に新しい時代に向けてかけ出す前の、そんな雰囲気がしていた。古き良き時代と、新しい時代の幕開け、2つの相反する時代の流れが渾然一体と交じり合ったワルシャワの街をあとにして、これからの日本の進む道のことをいやが応にも考えないではいられなかった。次回のICRRは2015年に京都である。




会場となった文化科学宮殿
 
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