はじめに
2011年 3月11日の東日本大震災、そして福島第一原子力発電所の事故から4年がたちました。震災によって被災された方、そして事故によって未だ避難を余儀なくされた多くの方に、改めてお見舞いを申し上げます。この小冊子は、私が2011年12月から2013年10月に福島民報に連載してきた「放射線・放射性物質Q&A」から、特に読者の皆様の関心が高いと思われる質問をとりまとめたもので、これまで出版した「放射線・放射性物質Q&A」第一巻、第二巻の続編ともいうべき内容になっています。これまでの二冊に引き続き、本冊子もなるべく県民の皆様の生活に密着した問題について回答を作成しました。皆様の今後の生活の役に立てていただければ幸いです。
長崎大学 高村 昇
CONTENTS
放射線被ばくと線量
放射線の基礎知識、医療と放射線
自然放射線被ばくが年間1ミリシーベルトとは本当か | |
モニタリングポストと個人の線量結果なぜ違う | |
WBCで検出はセシウムだけか | |
セシウムを体外に排出する薬剤は | |
低線量被ばくにCT検査、影響は | |
マンモグラフィー検査の安全性は |
放射線被ばくと健康影響
福島とチェルノブイリの違い、甲状腺について
放射線の人体への健康影響は | |
母親の被ばくで胎児への影響は | |
放射線被ばくで鼻血は出るのか | |
UNSCEARの報告書の内容は | |
チェルノブイリとの被ばく線量の違いは | |
チェルノブイリで急性症状は出たか | |
チェルノブイリの甲状腺がん発症状況は | |
チェルノブイリで甲状腺以外のがん増加は | |
チェルノブイリ事故後、被ばくによる遺伝的影響は | |
甲状腺は放射線に「弱い」臓器なのか | |
甲状腺がんの種類や特徴は |
食の安全と放射線被ばく
給食の牛乳に放射性物質が含まれていないか心配 | |
自家消費野菜 食べる際の注意点は | |
なぜ野生動物から放射性物質が検出されるのか | |
野生キノコを食べて健康影響は | |
セシウムは井戸水に入らないのか | |
沢水を飲み続けて大丈夫か | |
水道水中の放射性ストロンチウム・プルトニウム濃度は | |
食品中のストロンチウム、プルトニウムの検査は |
県民健康調査について
県民健康調査なぜ必要なのか | |
長崎や広島の被ばく線量調査の方法は | |
放射線被ばくでがん増加確認法は | |
県外避難先で健康調査 受診可能か | |
事故当時と現在のチェルノブイリ原子力発電所 | |
おわりに | |
高村 昇 略歴 |
放射線被ばくと線量
放射線の基礎知識、医療と放射線
自然放射線被ばくが年間1ミリシーベルトとは本当か
日本人が自然界に存在する放射線により被ばくする内部被ばく線量は年間約1ミリシーベルトだと聞きましたが、本当でしょうか?以前より高くなっているということはないのでしょうか?
詳細調査により正確な数値が判明
これまで、日本人における自然放射線による内部被ばく線量は年間約0・4ミリシーベルトとされてきました。しかし、近年の調査の結果、食品中のポロニウム210や鉛による内部被ばく線量が、これまで考えられていたよりも高いことが分かってきました。特にポロニウム210は魚介類に多く含まれることが分かっており、魚介類を豊富に摂取する日本人はこれまで考えられていた以上にポロニウム210の摂取量が多いことが明らかになってきたのです。
原子力安全研究協会が平成23年に発表した日本人の自然放射性物質による被ばく線量についての調査では、これまで年間0・3ミリシーベルト程度と考えられていた食品中のポロニウムや鉛による内部被ばく線量が年間約0・8ミリシーベルトであると報告されました。さらに、カリウム40などによる内部被ばくを加えると食品による日本人の平均年間内部被ばく線量は約1ミリシーベルトであると報告されています。
これに、空気中に存在するラドンなどの吸入による内部被ばく、さらには宇宙線や大地からの放射線による外部被ばくなどを加えると、日本人の自然放射線による被ばくは年間平均約2・1ミリシーベルトとなり、従来考えられていた年間約1・5ミリシーベルトよりも若干高くなっています。
もちろんこれは、最近になって急に日本人の自然放射線による被ばく線量が高くなった、というわけではなく、より詳細な調査の結果、明らかになってきたということです。
モニタリングポストと個人の線量結果なぜ違う
モニタリングポストで測定されている空間放射線量率を単純に積算していくと、個人の被ばく線量計の測定結果よりもかなり高い線量になることがあります。なぜこのような違いが出てくるのでしょうか?
個人線量は居住や行動に左右 空間線量と一致しないことも
既に県内の多くの市町村で、個人被ばく線量計を使った被ばく線量の測定が行われ、その結果が発表されています。
例えば、福島市では平成24年11月から平成25年1月までの3カ月間、中学生以下の子どもを対象に個人被ばく線量計を配布して、個人の被ばく線量を測定しており、その結果ほとんどの子どもたちの被ばく線量は、3カ月間で0.5ミリシーベルト以下であることが示されました。しかし、公表されている市内の空間線量率を単純に積算していくと、確かにもっと高い数値になることがあります。
放射性セシウムから出る放射線のうち、例えばガンマ線はコンクリートや鉛などによって遮蔽(しゃへい)されます。そのため、室内にいると放射線被ばく線量はかなり低減されます。例えば木造家屋であれば半分程度、鉄筋家屋であれば9割程度、被ばく線量は低減されますので、室内にいる間はそれだけ被ばく線量は下がります。
また、外にいる場合でも、人はずっと1カ所にとどまっているわけではありません。このため、モニタリングポストの測定値と、個人の被ばく線量が必ずしも一致しないことがあります。
現在、県や各市町村のホームページなどでは、個人の被ばく線量計による測定結果が公表されています。自分自身の個人被ばく線量計による測定結果や、モニタリングポストのデータとも合わせて、今後の生活をする上での参考にされることをお勧めします。
WBCで検出はセシウムだけか
県内でホールボディーカウンター(WBC)による内部被ばく検査が実施されています。WBCの検査によって検出される放射性物質は放射性セシウムだけで、他の放射性物質は分からないのでしょうか。
カリウムは必ず検出 セシウムは頻度低い
WBCは、体の中にある放射性物質から出されるガンマ線という放射線を検出することによって、体内の放射性物質の量や、それによる内部被ばく線量を評価するものです。
現在、県内のWBC検査では、放射性物質は事故由来の人工放射性物質である放射性セシウムの他に、天然の放射性物質である放射性カリウム(カリウム40)が検出されています。
4年前の東京電力福島第一原発事故によって放出された主な人工放射性物質は、半減期が約8日間と短い放射性ヨウ素と、半減期が比較的長い放射性セシウムでした。
このうち放射性セシウムは、セシウム134とセシウム137がほぼ同量放出されました。このため、初期のころに実施したWBC検査では、セシウム134とセシウム137の両方が検出されるケースがありました。しかし、現在では、半減期が約2年のセシウム134が検出される方はほとんどいません。多くの方はセシウム137のみ検出されています。
その上、セシウム137が検出される頻度も非常に低いのが実情で、それによる内部被ばく線量も1ミリシーベルトを大きく下回っています。また、現在、放射性セシウム以外の人工放射性物質は、県内のWBC検査では検出されていません。
一方、カリウム40は体の中に存在するカリウムのうち約0・01%を占めるもので、成人であれば体内に3000~6000ベクレルほど存在するため、WBC検査では誰でも検出されます。
セシウムを体外に排出する薬剤は
東京電力福島第一原発事故で放出された放射性セシウムの内部被ばくを心配しています。もしも放射性セシウムを体内に取り込んでしまった場合、それを体外に排出できるような薬剤はあるのでしょうか?
プルシアンブルーが有効 低線量ではメリットなし
放射性セシウムが体内に取り込まれた場合、特定の臓器に取り込まれることはあまりありません。全身に分布した後に代謝され、最終的には体外に排出されます。例えばセシウム137の物理学的半減期は約30年ですが、実際に体の中に100ベクレルの放射性セシウムを取り込んだ場合、排出されて50ベクレルに下がるまでの時間は大人だと約2~3カ月です。このように体の中に入ってきた放射性物質の量が半分になるまでの時間を「生物学的半減期」といいます。
それでは、放射性セシウムを体外に排出させるような薬剤は存在するのでしょうか? 現在、プルシアンブルーという色素の一種が放射性セシウムの排出に有効であることが知られています。ただし、プルシアンブルーの適応は、放射性セシウムによる高い線量の内部被ばくが懸念される場合に限られています。内部被ばくが30ミリシーベルトを下回るような場合には、治療によるメリットはないとされています。
これまでのホールボディーカウンターでの検査の結果、県内で放射性セシウムによる内部被ばくが3ミリシーベルトを超える方は確認されていませんので、現時点でプルシアンブルーでの治療は全く必要ないと考えられます。
現在、県内では放射性セシウムに関する食品の基準値が設定されており、基準値を超える食品は流通しない体制が取られています。内部被ばくの低減化のためには、基準値を超える食品の摂取をなるべく控え、情報の収集に引き続き努めることが大切です。
低線量被ばくにCT検査、影響は
子どもが頭の痛みを訴えたので病院に行ったところ、頭部のコンピューター断層撮影(CT)の検査を受けました。東京電力福島第一原発事故による低線量被ばくに加えて検査を受けても健康影響が出ないか心配です。
疑問があれば目的や効果 医師、看護師に相談して
CT検査は、エックス線を当てて体の横断面を撮影する検査で、普通の単純エックス線検査では詳しく分からないような病変を描出することができるため、医療の現場で幅広く用いられています。現在、日本は世界で最もCTが普及している国で、人口100万人当たりのCTは約90台と、米国や英国など他の先進諸国より圧倒的に高くなっています。
撮影する部位によって異なりますが、頭部CT検査を1回すると、平均で3~4ミリシーベルト、つまり3000~4000マイクロシーベルト程度の外部被ばくをします。このように医療行為で被ばくすることを医療被ばくといいますが、これまでの研究結果によると、このレベルの線量を1回被ばくしたことによる健康影響は科学的に証明されていません。
国際的な放射線防護の基準を作る国際放射線防護委員会(ICRP)は「医療被ばくによる線量の上限を定めるのは適切ではない」と勧告しています。なぜなら医療で放射線を利用することによる患者の利益が、被ばくによる不利益を上回ることを前提としているからです。
その一方で放射線による検査や治療をする医師側が、その検査や治療を受ける人に本当に利益があるのかを熟慮する必要があることは当然です。今後、お子さんが放射線による検査や治療を受ける際、疑問があれば、目的や効果、どのくらいの線量を被ばくするかなどを医師や看護師に聞いてみるとよいでしょう。
マンモグラフィー検査の安全性は
東京電力福島第一原発事故発生後、放射線への関心が高まりました。放射線を使った乳がんの検診機器・マンモグラフィーによる被ばくや健康影響はありますか。
東京からニューヨーク間のフライトと同程度の被ばく
食生活やライフスタイルの変化に伴い、乳がんは近年の日本でも増加しており、早期発見、早期治療が重要な課題となっています。乳がんの早期発見法には触診や超音波検査(エコー検査)などがありますが、マンモグラフィー検査もその一つです。マンモグラフィーは、エックス線を用いる乳房専用の検査です。
マンモグラフィーは、基本的には他のエックス線検査と変わらないのですが、乳房は柔らかい組織で構成されており、エックス線の吸収差が表れにくく専用の装置やシステムを必要とします。具体的には、透明の圧迫板で乳房を挟み、薄く伸ばして撮影します。これは、乳房のなるべく多くの部分を撮影するため、また少ない放射線量でがんと正常部分の区別がつきやすい画像を作るためです。
現在、自治体が行っている住民検診でのマンモグラフィーの対象は40歳以上であり、1000人がマンモグラフィー検診を受けると、そのうちの50~100人ほどが精密検査を行い、最終的に乳がんと診断されるのが3人程度です。また、1回のマンモグラフィー検査で被ばくする線量は0.1~0.2ミリシーベルト程度で、これは東京からニューヨークまで飛行機で往復した場合に宇宙放射線によって被ばくする線量とほぼ同じ、ということになります。
乳がんは早期に発見するほど治る率は高くなります。自己検査や検診の機会などを通じて、定期的に検査することをお勧めします。
放射線被ばくと健康影響
福島とチェルノブイリの違い、甲状腺について
放射線の人体への健康影響は
「確定的影響」と「確率的影響」の2種類に分けられるということですが、それどれどのような特徴があるのでしょうか。
「確定的」と「確率的」影響は しきい値の有無に違いあり
放射線被ばくの健康影響には、確定的影響と確率的影響という影響の出方があります。確定的影響とは、ある一定の線量(これをしきい値、といいます)を超えるとみられる影響で、多くの急性症状がこの確定的影響に当てはまります。例えば、250ミリシーベルト以上を一度に被ばくすると、男性の精子の減少が一過性に見られますし、500ミリシーベルト以上を一度に被ばくすると骨の中にある骨髄の細胞の減少が見られるようになります。それによって白血球、赤血球、血小板といった血液細胞の減少が起こることが知られています。ただ、しきい値以下の被ばく線量ではこれらの症状は起こりません。
一方、確率的影響はしきい値が存在せず、被ばくする線量の増加に伴って発症する「確率」が増加する影響のことであり、放射線被ばく後に生じるがんや白血病はこの確率的影響に当てはまります。よく言われるように、原爆被爆者を対象としたこれまでの調査では、200ミリシーベルトを被ばくするとがんで亡くなる確率が1%増加し、それ以上の被ばく線量では、被ばく線量の増加に伴ってがんになる確率が直線状に増加することが分かっています。その一方で、100ミリシーベルト以下の被ばくによるがんのリスクについては、リスクとして小さくなりすぎてしまうため、がんの発症の増加を証明できません。また、植物や昆虫などでは遺伝的影響が確率的影響として見られますが、ヒトではこれまで放射線被ばくによる遺伝的影響は報告されていません。
母親の被ばくで胎児への影響は
母親のおなかの中で被ばくをした原爆被爆者の中で病気が増えたケースはあるのでしょうか? 東京電力福島第一原発事故の影響で今後、県内で生まれてくる子どもに障害が出るのではないかと、不安に思っています。
原爆の高線量被ばくで障害確認 福島の原発事故では考えにくい
原爆被爆者の中で、母親のおなかの中で被爆された方を胎内被爆者といいます。胎内被爆者については、その後の調査で小頭症(しょうとうしょう)と呼ばれる疾患が増加したことが確認されました。小頭症とは、同じ年齢の子どもに比べて頭囲が著しく小さい病気で、それによって精神発達や発育の遅れが見られます。
これまでの広島、長崎原爆の胎内被爆者を対象にした調査では、妊娠8~15週では300ミリグレイ以上、妊娠16週以降では500~700ミリグレイ以上の胎内被ばくで重度の精神発達遅延が起こり得ることが確認されています。さらに1000ミリグレイ以上の胎内被ばくでは、18歳に到達時に3~4%の成長障害が発生するという結果が出ています。
一方で、これらの線量を下回る線量を被ばくした胎内被爆者の中では、小頭症の増加は証明されていません。このような事実を踏まえ、国際放射線防護委員会(ICRP)は、「胎児への100ミリグレイ未満の被ばく線量は、妊娠中絶の理由と考えるべきではない」という勧告を出しています。
福島県内で原発事故直後から現在に至るまで、100ミリグレイを超えるような被ばくの可能性がある胎児はいません。このため、原爆での胎内被爆者のように、県内で小頭症が増加するとは考えにくい状況です。安心して妊娠、出産に臨んでいただきたいと思います。
※ミリグレイ
放射線の吸収線量。放射性ヨウ素や放射性セシウムが出す放射線(ベータ線、ガンマ線)の場合、1ミリグレイは1ミリシーベルトとなる。
放射線被ばくで鼻血は出るのか
以前漫画誌に掲載された漫画の中で、東京電力福島第一原発を訪れた主人公らが原因不明の鼻血を出す場面がありました。福島で放射線被ばくにより、鼻血が出ることはあるのでしょうか。
一定の線量超えると出現 県内では考えられない
非常に高い線量の放射線を一度に被ばくした場合、被ばく直後か、数時間~数日後に症状が出ることがあります。これを放射線被ばくによる「急性放射線症」と呼びます。その一方、放射線被ばくによる発がんなどは、被ばくしてから数年~数十年後に起きます。「晩発(ばんぱつ)性障害」、あるいは「後(こう)障害」と呼びます。
例えば、500ミリグレイ以上の放射線を一度に被ばくすると、血液細胞をつくる骨髄に障害が起き、白血球や赤血球、血小板が減少するため、感染症が起きやすくなったり、貧血になったり、出血が止まらなくなったりします。1000ミリグレイ(1グレイ)以上の放射線を一度に被ばくすると、吐き気や全身倦怠(けんたい)感といった全身症状が出ます。これらの急性放射線症の症状は確定的影響と呼ばれ、一定の線量(しきい値)を超える被ばくをした場合には出現しますが、それ以下の線量では出現しません。
事故直後から現在に至るまで、県内の一般住民は急性放射線症が出るような線量の放射線を被ばくしていません。鼻血は種々の原因によって起こることが知られていますが、少なくとも福島県内における鼻血が放射線被ばくによるものであるとは考えられません。
※グレイ
放射線の吸収線量。ヨウ素131やセシウム137が出す放射線(ベータ線、ガンマ線)の場合、1グレイは1シーベルトとなる。
UNSCEARの報告書の内容は
原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)は、東京電力福島第一原発事故の健康影響に関する最終報告書で、事故の放射線によるがん発生率への影響は小さく、福島県での明確ながんの増加は「予想していない」と結論付けました。報告書の内容について教えてください。
過去データを基に原発事故の健康影響などを分析したもの
UNSCEARは平成26年に福島第一原発事故の健康への影響に関する最終報告書を公表しました。この報告書は、世界の80人を超える専門家が福島第一原発事故による被ばくの状況やその影響を分析したもので、これまで行われてきた被ばく線量の測定や推定などを基に、広島・長崎の原爆やチェルノブイリ原発事故など過去の原子力災害による健康影響などのデータを勘案して行われたものです。
その結果、UNSCEARはこれまでのところ、福島県下では事故による被ばくの影響で死亡したり、深刻な病気になったりした事案は報告されておらず、今後、がんの発生率に明確な変化が表れ、被ばくによるがんが増加することも予想されないと結論付けています。
ただ、UNSCEARは、放射性物質の影響を受けやすいとされる子どもたちについては、実際の危険性は低いものの、甲状腺がんのリスクが増加する可能性が理論的にはあり得るとして、今後の状況を見守る必要があるとしています。
現在、福島県では県民健康調査が継続されており、甲状腺調査については平成26年度から本格検査(2回目の検査)が順次行われています。本格検査では、これまで対象となっていなかった平成23年4月2日から平成24年4月1日までに生まれた子どもも対象となります。県民健康調査以外にも県は現在、地域、職域などで種々の健診(検診)などを実施していますので、それらの機会を通じ、定期的に健康状態をチェックしていくことをお勧めます。
チェルノブイリとの被ばく線量の違いは
東京電力福島第一原発事故によって放出された放射性物質の量はチェルノブイリ原発事故の6分の1程度という話は聞きますが、実際に地元住民が放射線被ばくをした量は、どのくらいに相当するのでしょうか。
外部被ばくの10分の1以下に ヨウ素内部被ばくはさらに低く
県の県民健康調査による「基本調査」では、問診票を基にした外部被ばく線量を推計しています。平成26年3月31日現在で53万2000人余りから回答が寄せられ、その結果、平均で外部被ばく線量は0.8ミリシーベルト程度であったと推定されています。
チェルノブイリ原発事故の場合、ウクライナの避難者の平均が20ミリシーベルト、ベラルーシ共和国の避難者の平均が30ミリシーベルト程度ですので、外部被ばくに関しては、本県のケースではチェルノブイリの10分の1以下であったと考えられます。
また、内部被ばく、特に原発事故後初期のころの放射性ヨウ素による甲状腺の被ばく線量に関しては、ベラルーシやウクライナの避難者では半数以上が200~500ミリシーベルトの範囲で、平均で300ミリシーベルト程度だったのに対して、事故直後、いわき、川俣、飯舘の市町村で約1000人を対象に実施した甲状腺被ばく線量の調査では、最大で1人だけが43ミリシーベルトで、90%近くの小児の被ばく線量は20ミリシーベルト未満でした。このため、放射性ヨウ素の内部被ばくに関しては、本県ではチェルノブイリの10分の1よりもずっと少なかったと考えられます。
このようなチェルノブイリと本県での内部被ばく線量の違いは、本県で事故後初期において暫定基準値の設定による内部被ばくの低減化措置が取られたことによるものであり、現在も引き続き食の安全を担保するための措置が取られています。
チェルノブイリで急性症状は出たか
昭和61年に発生したチェルノブイリ原発事故では、原発の緊急復旧作業に当たっていた作業員や、原発周辺にいた住民の中には、急性放射線障害を発症したり、死亡したりした人はいたのでしょうか。
復旧作業員の多くが発症 周辺の住民には見られず
チェルノブイリ原発事故の発生直後、多くの消防士や軍人が事故の復旧作業に当たるために原発内に入りました。特に事故発生当初は高い線量の放射線から身を守るための手だてが十分ではなかったため、作業員の多くが極めて高い放射線量の被ばくをしました。この結果、作業員134人が急性放射線障害を発症し、このうち28人が3週間以内に死亡しました。
被ばく線量と死亡率の関係を見ると、4000ミリシーベルト以下の被ばくをした90人余りの中で亡くなった方は1人でした。これに対し、4000~6000ミリシーベルトの被ばくをした22人のうち7人が重度の感染症や皮膚、腸管の障害などで亡くなっています。さらに、同様の障害で亡くなった人は6000ミリシーベルト以上の被ばくをした21人の中では20人に上っています。このように急性放射線被ばくによる死亡率は被ばく線量に依存しているといえます。
一方で、チェルノブイリ原発周辺から避難した住民の中で急性放射線障害を発症した人はいませんでした。避難住民の外部被ばく線量が平均で20~30ミリシーベルトと、原発内での作業員に比べてかなり低かったことによるものです。
チェルノブイリでは一般住民の外部被ばくによる急性放射線障害は見られませんでしたが、事故初期に放射性ヨウ素で高濃度に汚染された食物、特に牛乳を摂取したことによる、甲状腺の内部被ばくによって事故後数年たってから小児甲状腺がんの多発が見られました。
チェルノブイリの甲状腺がん発症状況は
昭和61年に発生したチェルノブイリ原発事故の影響によって子どもの甲状腺がんの発症が増加したと聞きました。具体的には、どのような年齢層の子どもに甲状腺がんが多く発症したのでしょうか。
事故当時0~3歳で多発 被ばくとの因果関係証明
チェルノブイリ原発事故によって現在のベラルーシ共和国、ロシア連邦、それにウクライナにまたがる広大な土地に放射性物質、特に放射性ヨウ素と放射性セシウムが放出されました。
事故発生当時、放射性ヨウ素に汚染された牛乳や野菜といった食品の摂取に対する規制を取らなかったため、それらを摂取した住民の内部被ばくが拡大しました。避難した住民の甲状腺の内部被ばく線量は平均で200~300ミリシーベルトであったと考えられています。
事故から5年余りが経過した平成2年から5年余りにわたり、長崎大や広島大の専門家が参加して、チェルノブイリ周辺3カ国で事故当時10歳未満だった住民約12万人を対象とした甲状腺のスクリーニング検査が行われました。その結果、事故当時0~3歳だった世代で甲状腺がんが多発していることが示されました。特に、事故による放射能汚染が最も深刻だったベラルーシ共和国のゴメリ州では、小児甲状腺がんが多発したことが明らかになっています。
一般的には、小児であっても甲状腺がんは加齢に従ってその発症頻度が上昇すると考えられています。しかし、チェルノブイリでは放射線感受性が高い事故当時0~3歳という世代に甲状腺がんが集中して見られたこと、また汚染が最も深刻であったゴメリ州で多発したことなどから、この地域で見られた小児甲状腺がんと事故による放射線被ばくには因果関係があったことが科学的に証明されています。
チェルノブイリで甲状腺以外のがん増加は
チェルノブイリ原発事故が発生した際の放射線被ばくの健康影響で、周辺の住民に甲状腺がんの発症が増えたことは知られています。それでは甲状腺以外でのがんの発症については増加したのでしょうか?
科学的に証明されず 継続的な評価が必要
チェルノブイリ原発事故の影響で周辺住民に甲状腺がん、特に小児甲状腺がんが多発しました。事故発生当初の放射性ヨウ素の内部被ばくで、ヨウ素が集積しやすい甲状腺が高い線量の内部被ばくを受けたためと考えられています。
「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」は平成23年、事故後25年を契機としてチェルノブイリ原発事故による健康影響に関する報告書をまとめました。この中で「汚染した牛乳などを規制なしに摂取していた、事故当時子どもだった人の中から6000人以上という相当な数の甲状腺がん患者が発見されている」と指摘されています。
その一方で、「現在までに一般公衆において甲状腺がん以外に放射線被ばくに起因する健康影響の科学的証拠はない」と明言しています。つまり、これまでにチェルノブイリ周辺住民で甲状腺がん以外のがんの増加は科学的に証明されていないということです。
広島や長崎の原爆の被爆者では白血病や種々の固形がんが増加したことが科学的に証明されています。広島、長崎が原子爆弾による外部被ばくが主であったのに対し、チェルノブイリの場合は放射性ヨウ素による内部被ばくが主であり、被ばく形態が違うことによって、がん発症への影響が異なってきていると考えられます。しかし、チェルノブイリでは事故当時小児だった世代を中心に、今後も住民の健康影響を継続的に評価していく必要があります。
チェルノブイリ事故後、被ばくによる遺伝的影響は
広島と長崎の原爆被爆者で遺伝的影響は観察されていないと聞いたことがあります。チェルノブイリ原発事故での内部被ばくによる遺伝的影響はどうなのでしょうか?
科学的に証明されていない 福島県内でも考えにくい
広島、長崎の原爆投下後、放射線が被爆者の子ども(いわゆる被爆二世)で、これまでに調べられた限りでは遺伝的な影響は見いだされていません。また、被爆者の子どもの死亡やがん発生、あるいは生活習慣病の発生に関する追跡調査が現在も継続して行われていますが、これまでのところ、いずれも被爆二世の人で増加が証明されていません。
同様に、これまでチェルノブイリ原発事故後に生まれた被災者の子どもでも遺伝的な影響は見いだされていません。さらに、原爆被爆者やチェルノブイリの被災者の子ども以外の調査でも、これまでヒトでは遺伝的影響は科学的に証明されていません。
動物実験でも骨髄や甲状腺のような体の臓器細胞(体細胞)が被ばくしても、放射線による被ばくの影響は次の世代に伝わりません。その一方、精子や卵子といった生殖細胞が高い線量を被ばくした場合、次の世代に引き継がれ、染色体障害などが見られることが分かっています。
ヒトに放射線による遺伝的影響が認められていない理由はいくつか考えられます。動物と違って人間は生涯の出産数が極めて少ないため、被ばくなどによって遺伝子に傷が付いた精子や卵子は、受精から出産までたどりつかないことが原因の一つではないかと考えられています。まして福島県内での被ばく線量は広島・長崎やチェルノブイリと比べてかなり低く、遺伝的影響は考えにくいと思われます。
甲状腺は放射線に「弱い」臓器なのか
東京電力福島第一原発事故発生以降、甲状腺への注目が高まっています。甲状腺は放射線に「弱い」臓器なのでしょうか。
ヨウ素集積しやすい傾向 福島は暫定基準値を設定
放射線被ばくによる健康影響は原則として、活発に細胞分裂をしている組織、あるいは活発に細胞分裂をしている個体により出やすいことが知られています。例えば、骨髄という組織は赤血球や白血球、血小板といった血球細胞を作る臓器で活発に細胞分裂しています。このため、骨髄が高い線量を被ばくすると血球細胞の減少といった急性症状や、骨髄の腫瘍である白血病のリスクが高まることが知られています。
一方、甲状腺は甲状腺ホルモンを作る臓器ですが、骨髄ほど活発に細胞分裂をしているわけではありません。それにもかかわらず、チェルノブイリ原子力発電所の事故当時小児だった世代に甲状腺がんが多発したのは、事故によって放出された放射性ヨウ素が特に甲状腺に集積したためです。
甲状腺で作られる甲状腺ホルモンの原材料は海草や魚介類などに豊富に含まれるヨウ素です。そのため、通常でも体の中に入ってきたヨウ素は甲状腺に集積しやすい傾向があります。チェルノブイリ事故の際に放出された放射性ヨウ素は食物連鎖の中で、特に牛乳に濃縮しました。牛乳を摂取した子どもの甲状腺に放射性ヨウ素が集積することで高い線量の内部被ばくが引き起こされ、これによってチェルノブイリでは事故から5年程度が経過してから甲状腺がんが多発したと考えられています。
そのため、福島では事故直後から、暫定基準値を設定して、特に放射性ヨウ素による甲状腺の内部被ばくを低減化するための措置を取ってきました。
甲状腺がんの種類や特徴は
チェルノブイリ原発事故で子どもの甲状腺がんが多発したため、東京電力福島第一原発事故の影響で県内でも甲状腺がんの発症が懸念されています。甲状腺がんには、どんな種類があり、どんな特徴があるのでしょうか。
形態から4種類に分かれ 他と比べてゆっくり発育
甲状腺がんは、その組織型、つまり顕微鏡で観察したときの形態から、乳頭がん、濾胞(ろほう)がん、髄様(ずいよう)がん、そして未分化がんの4つに大きく分けられます。その他、甲状腺由来の細胞ではありませんが、リンパ腫という血液系の腫瘍が発生することもあります。
このうち、甲状腺がんの8割近くを占めるのが乳頭がんです。乳頭がんは文字通り顕微鏡で観察すると、乳頭の形のようにがんが増殖しているのが観察されるもので、30代以降の女性に多く見られます。症状としては、喉にしこりが触れる以外にあまり特徴的な症状はありませんが、声がかれたり、喉の痛み、嚥下(えんげ)障害が見られることがあります。最近では超音波検査(エコー検査)が発達したこともあり、本人が気付かないうちに、健康診断の超音波検査で偶然発見されることがあります。
甲状腺乳頭がんは、他の臓器を含めた全てのがんと比較しても、ゆっくりと発育するため、非常に小さな、数ミリ程度の甲状腺がんが発生しても、気付かずに過ごすことがしばしばあります。
過去の調査で、亡くなられた人の体を解剖して甲状腺乳頭がんがどのくらいの割合で見つかるかを調べたところ、国によって多少の違いはありますが、1~2割程度の人に甲状腺乳頭がんが発見されたと報告されています。つまり、甲状腺乳頭がんは比較的、発生頻度が高く、しかも、その多くが発生に気付かないまま、生涯を全うされている、ということなのです。
食の安全と放射線被ばく
給食の牛乳に放射性物質が含まれていないか心配
東京電力福島第一原発事故発生後、食品に含まれる放射性物質の問題から、子どもの学校給食が心配です。特に牛乳に放射性物質が含まれているのではないかと心配です。大丈夫でしょうか。
本県では定期的に調査 昨年1月も検出されず
平成23年3月の事故直後、牛の原乳から暫定基準値を超える放射性ヨウ素が検出されました。放射性ヨウ素は牛乳に濃縮しやすいことが知られています。昭和61年のチェルノブイリ原子力発電所事故の後、甲状腺がんが多発したことはよく知られています。
事故直後、発電所から飛散した放射性物質のうち、特に放射性ヨウ素が水から牧草を介して牛が摂取したことで牛乳に濃縮しました。この汚染された牛乳を特に小児が摂取することで放射性ヨウ素が体内に入り、甲状腺に濃縮することで高い線量の内部被ばくを引き起こし、その後甲状腺がんが増加したと考えられています。ただ、放射性ヨウ素は半減期が短く、現在原乳をはじめとする食品中で検出されることはありません。
一方、放射性セシウムは野生のキノコやイノシシなどの野生動物に濃縮しやすいことが知られていますが、牛乳には濃縮しないことが分かっています。現在までのところ、基準値を超える放射性セシウム濃度を検出した牛乳は福島県下では報告されていません。また福島県では定期的に、実際に提供された学校給食の1食分丸ごとについて検査を行い、どの程度放射性物質が含まれているか継続して評価していますが、平成26年1月に行った調査では212食分の検査を行い、放射性セシウムは全てのサンプルにおいて検出されませんでした。
学校給食は児童の健やかな発育だけでなく、日常生活における食事について正しい理解を深めるためにも大切なものです。今後もモニタリング結果に目を配りながら、安心して食べていただければと思います。
自家消費野菜 食べる際の注意点は
東京電力福島第一原発事故以降、自家消費野菜に含まれる放射性セシウム濃度が気になります。どのような点に注意すればよいでしょうか。
市町村で簡易分析実施 心配な人は一度検査を
4年前の原子力発電所事故直後、牛乳や水道水以外に葉物野菜からも放射性ヨウ素が検出されました。これは、事故によって放出された放射性ヨウ素が地面に落ちてきた際、葉を広げていた野菜に付着したためです。
当時、暫定基準値を超える葉物野菜については出荷制限、摂取制限がかけられましたが、このような野菜を摂取することによる、特に甲状腺の内部被ばくを低減化するための措置でした。放射性ヨウ素は半減期が短いため現在、野菜をはじめとした食物から検出されることはありません。
一方、放射性セシウムについては、現在も基準値が設定されています。放射性物質検査を実施しているため、これを超える野菜や他の食材が市場に流通することはありません。自家消費野菜については、食用の山菜やキノコ類と同様、簡易分析を行う体制が整っており、各市町村の公民館や集会所などで検査が実施されています。
平成26年5月の集計では、福島県で検査を行った3500検体余りの自家消費野菜のうち、基準値の半分に相当する1キロ当たり50ベクレルを超える放射性セシウムが検出されたものは23検体と、全体の1%以下となっています。
キノコ類などと違い、放射性セシウムを濃縮しやすい野菜はこれまでのところ明らかになっていませんが、子どもさんやお孫さんに食べさせるのが心配という方は、一度検査してみることをお勧めします。検査場については直接、市町村役場に問い合わせるか、県のホームページなどを参考にしてください。
なぜ野生動物から放射性物質が検出されるのか
東京電力福島第一原発事故以降、現在までイノシシなどの野生動物の肉から放射性物質が検出されていると聞きます。最近では家畜の肉からは検出されることはなくなっているのに、どうしてでしょうか。
土を飲み込むため濃縮 安易な自家消費控えて
県の調査によると、野生動物の肉のうち、特にイノシシでは高い頻度で放射性セシウムが検出されています。
イノシシは雑食性で、ドングリやミミズなどを土ごと飲み込んで食べることが知られています。ミミズには比較的放射性セシウムが濃縮しやすいことが考えられていますし、それに加えて表層に放射性セシウムが吸着した土を飲み込むことによってイノシシに放射性セシウムが濃縮されやすいのではないかと考えられます。
現在、市販されている肉類や乳製品といった畜産品については検査体制が整っていますので、基準値を超える放射性セシウムが含まれるようなものが流通することは考えにくい状況です。しかし、イノシシ以外も熊やキジなどの野生動物から放射性セシウムが検出されています。野生動物については放射性セシウムが基準値を超えて検出されることがありますので、安易な自家消費は控えたほうがよいでしょう。
最近では、多くの地方自治体で放射性物質の測定をしていますので、自分で狩猟したもの、あるいはもらった野生動物の肉が気になれば、実際に測定をされてみるのもよいと思います。
その一方で、基準値を超える放射性セシウムを含む野生動物を何回か食べたとしても、それによる内部被ばく線量は限られています。その後に、このようなものを食べるのを控えるなどの配慮をすれば、内部被ばくの線量は十分に低減化できると考えられます。
野生キノコを食べて健康影響は
野生のキノコでは高頻度に放射性セシウムが検出されるそうですが、数回食べただけで健康影響が出るものなのでしょうか?また、市場に出回っているキノコは大丈夫なのでしょうか?
数回食べても影響考えにくい 流通しているものは問題なし
チェルノブイリ原発事故の経験からも、キノコ類に放射性セシウムが集積しやすいことが知られています。平成25年に長崎大は川内村に設置したサテライトオフィスで、村内で採れたキノコを乾燥させ、その中に含まれる放射性物質の測定を行いました。
その結果、測定した約150の乾燥キノコのうち、約9割で現在の食品衛生法の基準値である1キロ当たり100ベクレルを上回る放射性セシウムが検出されました。
それでは、基準値を超えたキノコを食べると、どのくらい内部被ばくをするのでしょうか。例えば、1キロ当たり200ベクレルの放射性セシウムを含むキノコを100グラム、1回食べた場合、それによって被ばくする線量は0.26マイクロシーベルトです。仮にこのキノコを1年間、毎日食べ続けたとしても被ばく線量は100マイクロシーベルト、つまり0.1ミリシーベルト程度ということになります。
意外と少ない線量と思われるかもしれませんが、これは現在の基準値が、内部被ばくが年間で1ミリシーベルトを超えないために、かなり厳しく設定されているためです。このため、引き続き放射性セシウムの測定結果に注意を払う必要はありますが、数回基準値を超えるキノコを食べたとしても、健康に影響が出るわけではありません。
また、市場に出回っているキノコ類はハウス栽培で作られたものが多い上、放射性物質の含有量に関する検査を受け、基準値を下回っていることが確認されているため問題ありません。
セシウムは井戸水に入らないのか
東京電力福島第一原発事故から4年近くが経過しようとしています。自宅で井戸水を使用していますが、これから時間の経過とともに放射性セシウムが井戸水に入るのではないかと心配です。大丈夫なのでしょうか。
地中深くには浸透しない 時間経過しても心配ない
県はホームページ上で各地の井戸水の放射性セシウム濃度の測定結果を公表しています。井戸水から放射性セシウムは検出されていません。これは、セシウムが「ろ過されやすい物質である」ということが関係しています。
原発事故当初、放出された放射性セシウムは空中から地上に降ってきましたが、現在、国内で使用している井戸はほとんどふたをしていますので、このふたによってブロックされることでセシウムが井戸水の中に入ることはありませんでした。また、放射性セシウムは土に強く吸着して、表面にとどまる性質がありますので、時間が経過しても地中深くに移動して、井戸水にまで達することはほとんどありません。
一昨年、長崎大では、チェルノブイリ原子力発電所から12~15キロほど離れた地点で土壌を採取し、放射性セシウム濃度を測定しました。その結果、5~10センチの部分に含まれる放射性セシウム濃度は、0~5センチの表層の部分に含まれる放射性セシウムの濃度の7分の1~10分の1程度であることが分かりました。つまり、事故から4半世紀以上経過したチェルノブイリでも、放射性セシウムの多くは表層に近い部分に保持され、地中深くにはほとんど移行していません。
一方、激しい雨など気象条件によって表層の土砂が流れるような状況では、放射性セシウムが移動し、地表面の放射性セシウム濃度が変化することがあります。今後もきめの細かいモニタリングと情報の収集が必要です。
沢水を飲み続けて大丈夫か
飲料水をはじめとして生活水に自宅近くの沢水を長年使っています。東京電力福島第一原発事故で山林にも放射性セシウムは飛散しましたが、その影響は出ないのでしょうか。このまま飲み続けていいのか心配です。
飲料水の基準値を下回り 飲んでも健康に影響ない
環境省は原発事故で避難区域などに指定された県内6町村の21地点で、平成24年12月から平成25年2月に実施した沢水の水質調査結果を公表しています。その結果、21地点のうち2地点で放射性セシウムを検出しましたが、それぞれ1リットル当たり1.3ベクレルと1.2ベクレルで、いずれも国が定める飲料水の基準値である「1リットル当たり10ベクレル」を下回っていました。
検出されたのは、沢水そのものに原因があるというよりも、むしろ沢水に含まれていた微量の土に放射性セシウムが含まれていたためで、具体的には、雨が降るなどして放射性セシウムを含んだ沢の底の土や泥が舞い上がり、それが沢水の中に混ざったのではないかと考えられます。
さらに、今回2カ所で検出された沢水中の放射性セシウムも極めて低い値であり、飲料水としての基準値も下回っています。このため、通常の生活用水、飲料水として使用したとしても、健康に影響が出るとは考えられません。
その一方で放射性セシウムは、水道水からはほとんど検出されていません。これは、放射性セシウムがろ過されやすいという性質があるため、水道水をろ過する過程でほとんど取り除かれてしまうためです。同様に井戸水も、ほとんどの場合はふたをしていますので、原発事故で飛散した放射性セシウムの混入はブロックされますし、地表の放射性セシウムが土中に染み込んで井戸水に入ることもほとんどありません。
水道水中の放射性ストロンチウム・プルトニウム濃度は?
水道水の放射性物質検査で、放射性セシウムが含まれていないとの結果はよく耳にしますが、放射性ストロンチウム・プルトニウムが含まれていないか心配です。水を飲み続けても大丈夫でしょうか。
プルトニウムは検出されず ストロンチウム安全範囲内
ガンマ線とベータ線を出す放射性セシウムに対して、放射性ストロンチウムやプルトニウムはそれぞれベータ線、アルファ線のみを出すという特徴があるため、放射性セシウムと比較すると簡単には測定できません。
福島県では平成25年に県内の29地域で水道原水20地点、上水2地点、地下水7地点で水を採取し、放射性ストロンチウムとプルトニウムを測定しました。
その結果、放射性ストロンチウムのうちストロンチウム90は29の調査地点中26地点で検出されましたが、水道原水の最大濃度でも1リットル当たり0・0028ベクレルで、これらは全て平成23年3月の東京電力福島第一原発事故以前の全国データの範囲内でした。また、プルトニウムは全てのサンプルにおいて検出限界値未満でした。
仮に、最も高い濃度のストロンチウム90を含む水を幼児が毎日1リットル、1年間飲んだとしても、内部被ばく線量は0・075マイクロシーベルトと極めて限られた線量にしかなりません。
放射性ストロンチウムやプルトニウムは大量に摂取すると内部被ばくの原因となりますが、以上の調査からは食品と同様、水についても放射性セシウム同様、放射性ストロンチウムやプルトニウムについても十分に安全性が担保されており、安心して飲用できます。放射性セシウムに関する対策をきちんとしておけば放射性ストロンチウムやプルトニウムに関する対策も十分に取れると考えられます。
食品中のストロンチウム、プルトニウムの検査は
県による食品中の放射性物質検査で放射性セシウムの数値が新聞に載っています。しかし、放射性ストロンチウム、プルトニウムについての記載は目にしません。これらの物質は検査されているのですか。
一昨年全国12地域で測定 流通食品の安全性担保
ガンマ線とベータ線を出す放射性セシウムに対して、放射性ストロンチウムやプルトニウムはそれぞれベータ線、アルファ線のみを出すという特徴があるため、放射性セシウムに比較すると簡単には測定できません。
厚生労働省は平成25年、本県の浜通り、中通り、会津を含む全国12地域で実際に市販されている食品、飲料水に含まれている放射性ストロンチウムおよびプルトニウムの測定を行っています。
その結果、放射性ストロンチウムは20サンプルのうち7サンプルで検出されましたが、これらは全て平成23年3月の福島第一原子力発電所事故以前のレベルであり、プルトニウムは全てのサンプルにおいて検出限界値未満でした。
さらに、実際に作った食事を用いて放射性ストロンチウムおよびプルトニウムの測定を行う陰膳(かげぜん)調査という方法でも放射性ストロンチウム濃度は事故以前の摂取量の範囲内に収まっており、プルトニウムは検出限界値未満でした。
放射性ストロンチウムやプルトニウムは大量に摂取すると内部被ばくの原因となりますが、以上の調査からは流通している食品については放射性セシウム同様、放射性ストロンチウムやプルトニウムについても十分に安全性が担保されていると考えられますので、放射性セシウムに関する対策をきちんとしておけば放射性ストロンチウムやプルトニウムに関する対策も十分取れると考えられます。
県民健康調査について
県民健康調査なぜ必要なのか
東京電力福島第一原発事故に伴う県民健康調査では、事故から4カ月間の個人の行動についての問診をする項目があります。あまりよく覚えていない部分も多く、戸惑っています。何のために必要なのでしょうか。
外部被ばく推定するため 未回答者に簡易版も配布
県民健康調査の中には「基本調査」という部門があります。これは平成23年3月11日以降の4カ月間の県民一人一人の行動をお尋ねしている調査です。事故直後から4カ月間の外部被ばく線量を推定するのが目的です。
外部被ばく線量は、それぞれの地点の空間線量率や放射線の遮蔽(しゃへい)の状態によって異なります。このため、個人の外部被ばく線量を推定するためには、事故以降、どの場所にいて、外にいた時間がどれくらいで室内にいた時間がどのくらいだったのかといった情報が必要となるのです。
現在までに県民の約25%に当たる53万2000人余りの方が回答しています。回答内容を解析した結果、放射線作業従事者を除くと、66%余りの方の外部被ばく線量が1ミリシーベルト未満、95%余りの方の外部被ばく線量が2ミリシーベルト未満でした。さらに、99.8%余りの方の外部被ばく線量が5ミリシーベルト未満であることが示されています。
病院でコンピューター断層撮影(CT)検査を1回受けた場合、5~10ミリシーベルト程度の線量を外部被ばくします。これと比較すると、県内での外部被ばく線量は限られており、「放射線による健康影響があるとは考えにくい」と言えます。
現在、県は基本調査の回答率を向上させるため、より簡便に回答ができる質問項目を設定した「簡易版」の調査票を作成し、まだ回答されていない県民に配布しています。未回答の方はこの機会に一度、「簡易版」に目を通されることをお勧めします。
長崎や広島の被ばく線量調査の方法は
福島県は現在、県民健康調査の基本調査で県民の外部被ばく線量を調査していると聞きました。長崎や広島の原爆ではどのようにして被ばく線量を調査したのでしょうか?
爆心地からの距離と どこにいたかで推定
県民健康調査による「基本調査」では、問診票を基にした事故後4カ月間の外部被ばく線量の推計を行っています。現在までのところ、約48万人からの回答を解析した結果、平均すると外部被ばく線量は0.8ミリシーベルト程度であり、99.8%の人が5ミリシーベルト未満であったと推定されています。
一方、原爆被爆者では、ガンマ線に加えて中性子線による外部被ばくが問題となりました。原爆の場合、爆発した瞬間の外部被ばくが主な被ばく要因となりますから、被ばく線量を推定するためには、原爆が投下された際、爆心地からどのくらいの距離にいたのか、その際にどこにいたのか(外なのか、家屋の中なのかなど)を詳細に知ることが大切です。
これらの情報を基にして、現在では被爆者一人一人の、しかも臓器別の被ばく線量を推定することが可能になっています。これらの調査の結果、ガンマ線による被ばく線量を推定すると、長崎で爆心地にいた人(外にいた場合)では約32万ミリシーベルト、1キロの距離にいた人では約860ミリシーベルト、2キロでは約140ミリシーベルトであったと考えられます。
このようにして得られた被ばく線量と被爆者の方で見られた疾患との因果関係を調べることによって、放射線被ばくによる健康影響調査が長年にわたって行われてきたのです。
放射線被ばくでがん増加確認法は
一定量以上の放射線に被ばくすると、がん発症のリスクが増加すると聞きました。実際のところ、放射線被ばくでがん発症が増加したかどうかを科学的に確かめるためには、どのような調査が必要なのでしょうか。
100ミリシーベルトで0.5%リスク上昇 集団調査で因果関係証明
「100ミリシーベルトを1度に被ばくすると、がんで死亡するリスクが0.5%上昇する」という説明を聞かれたことがあると思います。
現在、日本人の約3割ががんなどの悪性新生物によって亡くなっています。このため、日本人が1000人いれば、このうちの300人程度は最終的にがんで亡くなることになります。もし仮に、この1000人が100ミリシーベルトの放射線を1度に被ばくしたとすると、これまで300人ががんで亡くなっていたのが、305人ががんで亡くなることになります。これが「0.5%上昇する」ということです。
一方、この305人のうち、どの5人が放射線被ばくによってがんを発症したかを見分けることは現代の科学ではできません。放射線被ばくでがんが増加したかどうかを明らかにするには、集団を調査することによって、放射線被ばくとがんの発症に因果関係があるかどうかを明らかにする必要があります。この場合、大切なことは、両者の関係を証明するための適切な手法を取ることです。
具体的には、グラフでいうところの縦軸(がんの発生数)と横軸(被ばくした線量や被ばく時の年齢など)の関係を適切に評価することで、放射線被ばくとがんの発症に因果関係があるかどうかを証明する必要があります。例えば、チェルノブイリ原発事故の場合、放射線感受性の高い、事故当時0~5歳の世代に甲状腺がんが多発したことから、放射線被ばくとがんの発症に因果関係のあることが科学的に証明されています。
県外避難先で健康調査 受診可能か
10歳になる自分の孫が東日本大震災、東京電力福島第一原発事故に伴い、県外への避難を続けています。避難先の県外にある学校や病院などでも県の県民健康調査を受けることは可能なのでしょうか。
日本全国で検査体制整う 甲状腺検査などは確認を
県の県民健康調査は現在、(1)基本調査(2)甲状腺検査(3)健康診査(4)心の健康度・生活習慣に関する調査(5)妊産婦に関する調査-の5項目について行われています。
このうち甲状腺検査は震災発生時に18歳以下だった人が対象となっています。震災時の住所が、政府が指定した避難区域に含まれている人や、基本調査の結果、必要と認められた人は健康診査の対象となります。
現在、県外に避難している人でも、県と協力して検査が可能となった病院が日本全国にありますので、避難先の機関で検査を受けることができます。例えば、検査機関は山形県では山形大医学部付属病院(山形市)などがあります。東京都では虎ノ門病院(港区)、国立成育医療研究センター(世田谷区)などで検査が可能です。
県外での検査についての詳しい説明や、検査可能な機関の一覧表は「放射線医学県民健康管理センター」のホームページ(http://fukushima-mimamori.jp/)内の、「甲状腺検査」の項目の中にありますので、最寄りの病院を確認していただくことができます。
避難先で通っている学校でも、毎年、健康診断(学校健診)があるとは思いますが、学校健診は学校保健安全法に定められた内容でしか受けられないため、県民健康調査の甲状腺検査や、健康診査で必要な項目の血液検査を全て受けることができません。甲状腺検査などを受ける場合には、検査可能な病院を確認していただき、受診してください。
事故当時と現在のチェルノブイリ原子力発電所
爆発直後のチェルノブイリ原発4号機の様子を再現した3D映像
石棺となっているチェルノブイリ原発4号機=2011年11月4日撮影
おわりに
2011年3月11日の東日本大震災、そして福島第一原子力発電所の事故以来、私は「福島県放射線健康リスク管理アドバイザー」として福島県下で住民の方を対象に「放射線と健康」についての講演を行ってきました。また、2011年の12月からは福島民報社から新聞紙上で放射線と健康についてのQ&Aを連載することを依頼され、2013年10月まで150回にわたって連載を行ってきました。連載という慣れない作業でしたが、多くの方から感想や質問、あるいは激励の言葉をいただき、3年間、計150回の連載が無事終了したことに正直ほっとしております。
今回出版されることになった本冊子は、2012年3月と2013年3月に出版した「放射線・放射性物質Q&A」の第一巻、第二巻の続編であり、これまで掲載したQ&Aからピックアップし、一部改変して取りまとめたものです。これまでの小冊子は、おかげさまで好評をいただき、多くの自治体で住民の方に配布されたと聞いています。筆者としてこれ以上の喜びはありません。本冊子も、福島県民の皆様のために、少しでも役立つことを祈念してやみません。
最後になりましたが、本冊子の出版において御協力いただきました環境省、公益財団法人原子力安全研究協会、福島民報の連載と本冊子の出版に尽力いただいた同社の佐久間裕様、須釜豊和様、五十嵐宏様、そして常に私のサポートをしていただいてきた長崎大学国際保健医療福祉学研究分野(原研国際)のスタッフの皆さんに感謝申し上げたいと思います。
平成27年3月
長崎大学 高村 昇
高村 昇 略歴
たかむら・のぼる(1968年7月11日生、46歳)
長崎大学教授
国際保健医療福祉学研究分野(原研国際)・教授
専門分野:
国際放射線保健学、放射線影響学、分子疫学、衛生学、内分泌学、内科
学歴・職歴
1993年3月 | 長崎大学医学部卒業 |
---|---|
1997年3月 | 長崎大学医学部大学院医学研究科卒業 |
1997年6月~2001年10月 | 長崎大学医学部原爆後障害医療研究施設国際放射線保健部門助手 |
1999年6月~2000年7月 | 世界保健機関(WHO)本部(スイス・ジュネーブ)技術アドバイザー |
2001年11月~2003年2月 | 長崎大学医学部社会医学講座講師 |
2003年3月 | 長崎大学医歯薬学総合研究科公衆衛生学分野准教授 |
2008年4月 | 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 |
国際保健医療福祉学研究分野(原研国際)・教授 | |
2010年1月~2010年9月 | 世界保健機関本部テクニカルオフィサー |
所属学会
日本内科学会、日本内分泌学会、日本衛生学会、日本放射線影響学会
社会活動
- 世界保健機関本部技術アドバイザー
- 長崎ヒバクシャ医療国際協力会運営部会委員(副部会長)
- 長崎県建築審査会委員
- 福島県放射線健康リスク管理アドバイザー
- 財団法人放射線影響研究疫学部顧問、同臨床研究部顧問 等
受賞歴
- ゴメリ医科大学(ベラルーシ共和国)名誉教授、2005年度
- 角尾学術賞「国際ヒバクシャ医療支援と分子疫学的研究および地域保健への展開」2005年度
- ベラルーシ医科大学(ベラルーシ共和国)名誉博士号、2006年度
- 東カザフスタン州(カザフスタン共和国)保健局表彰、2006年度